35
カナンが海に沈んで七年。
それが存在していた場所は、なんとか廃船の塔の頂上が海に出ているだけで、それ以外は何も残っていなかった。
僅かに出ているその場所も、一度は波に襲われたのか苔や海草がまとわりついている。
その近くで船はゆっくりと止まり、備え付けてある避難用の小舟を一隻、海に落とした。
「リーナちゃんも、よく付いてきたよね。」
たった一輪の水中花を持ってそれに乗り込もうとしたカタリーナをそう呼び止めて、ライノルズはいつもと何も変わらない胡散臭い笑みを浮かべる。
「絶対途中でリタイアするか、ヴェルちゃんの所に留まるかと思ってた。」
だから頑張ったねぇと言う彼に、カタリーナは面倒臭そうにため息をついた。
ガシガシと乱暴に頭を掻いて、小舟に飛び降りる。
「確かにアンタは胡散臭いしウザイしそろそろアレだけど…」
「ちょ、アレって何。」
「だけど、信用してないわけじゃなかったから。」
ザインが頼んだ事なんか知ってるよ、と片目を閉じたカタリーナに、ライノルズはキョトンとその後ろ姿を見送る。
子供というのは勝手に成長するもんだと、嬉しいような寂しいような複雑な表情を浮かべる。
廃船の中は荒れ果てていて、所々板が剥がされていて昔より廃船らしいと苦笑する。
昔のように窓から入って、ギィギィと鳴る床の上を歩いて行く。
七年。
七年だ。
七年先の未来の場所を、今歩いている。
椅子があった。
すっかり腐った壁にめり込んでいたが、かつて彼が座っていた椅子だ。
そこに彼の姿は無いけれど、それだけはわかる。
「…ザイン。」
彼はどんな最期だったのだろう。
あの歌は完成したのだろうか。
あのお伽話のように泡となって消えたのだろうか。
「ちゃんと、助けられたよ。アタシ、ちゃんと生きてるよ。」
そっと、水中花を椅子の上に置く。
かつて置いて行った君を、迎えに行く。
椅子の背もたれに顔を乗せて、ギィと動かしてみる。
そして…そこに刻まれた文字を見つけて、カタリーナは穏やかに笑った。
そっと撫でて、静かに目を閉じる。
歌が聞こえたような気がした。
あの陽気な歌が、ここにあるような気がした。
「ただいま、最愛の友人。」
“おかえりなさい、最愛の友人よ!”