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「ほな、みんなお帰りの会やで!」
じゃんっと並んだ料理に、アルヴァートにカタリーナ、ディランは口を揃えて「いただきます」と歓声に近い声を上げた。
アルヴァートとラルドを迎えた人物…女性だった、は二人を見るなり家に迎え入れ、後からやって来たカタリーナとディランとライノルズを含めた五人に料理を振る舞った。
まだ名前も知らないのに、とラルドは心中で呟くも、彼女を含む全員が目の前の食事で頭がいっぱいだった。
仕方なく、自分も一口頬張る。
久しぶりの肉料理は弾力もありとても美味しい。
ライノルズよりも美味しいんじゃないかと思わず頬を緩めると、くすくすという笑い声が耳をくすぐった。
「美味しい?」
例の女性に問われてこくんと頷く。
「ほぅけ、そいつぁ良かった。ライノルズのおっちゃんのより美味いじゃろ?おっちゃんにはうちが教えたんやで。」
「僕まだお兄さんだから。」
「うちより年上じゃもん、おっちゃんでええやないの!」
ケラケラと笑う彼女に、どう反応すればいいのかと迷ってとりあえずアルヴァートを見た。
彼も苦笑を浮かべて、ぽりぽりと頬を掻いている。
どう助ければいいのか少し悩んで、それから彼女の足をテーブルの下で軽く蹴った。
「俺の…まあ認めたくないけど、育て親みたいなもんなんだ。」
「あ、自己紹介まだやったっけ?うちはヴェルディ。アルヴァートのお母さんのヴェルディ・イスパルグっていうんよ。よろしゅうなラルドくん。」
「お母さん違うっつの。」
女性…ヴェルディ・イスパルグはそう笑って手を差し出す。
その手を握ればいいのだろうかと悩んでいると、それが怖がっているように見えたのだろう。
ディランが隣からそっと耳打ちした。
「らいじょうぶらよ、ヴェルは一応良い人らから。」
「そうだね、一応良い人だよ。」
「一応がつくけどね。」
「なんなんみんなして。うちむっちゃ良い人じゃろ?」
打ち合わせでもしたかのような会話に、ラルドはぽぅっとそれを眺めた。
ラルドが船に乗ってそんなに長い時が流れたわけではないが、改めて皆の知らない表情に煮え切らない何かを感じる。
胸の奥につっかえたようなそれは体を重くして、自分だけが取り残されたような気分になる。
「嫌いな物でもあったか?」
そう問うアルヴァートの声にハッと我に返って、ラルドは慌てて首を振った。
その様子に、ヴェルディは嬉しそうに両手で頬杖をついて笑顔を浮かべる。
「しっかし可愛いなぁ。うちの子ぉにならん?」
「ラルドは俺のだからダメだ。」
「ええやんケチ!うちの子になったらアルヴァートの弟やで、お兄ちゃんやで!」
「そ、れは…………捨てがたい…」
「いっ言わないから!」
反射的に返して、ラルドは真っ赤な顔で肉を口に運ぶ。
口ごもったアルヴァートが恥ずかしかったらしい。
その様子にカタリーナは鼻を拭いてアルヴァートはだらしなく顔を緩めるが、ヴェルディは更に嬉しそうに笑うだけだ。
「真っ赤になってもー可愛いんじゃから。リナちゃんのちっさい頃みたいじゃな。このまま食べてしまいたいなぁ…」
「ラルドが怯えるから止めろっつの!本当に恥ずかしいんだよお前!」
「つかアタシこんな可愛く真っ赤になんてなってないよ!」
真顔で最後の言葉を呟いたヴェルディに何か寒気のような物を感じて、ラルドは思わずぎゅうぅと隣のアルヴァートにしがみついた。
アルヴァートも彼をぎゅっと抱き締めて彼女の視界に入らないようにする。
アルヴァートやカタリーナが帰りたがらなかった理由がなんとなくわかったような気がして、ラルドは小さくため息をついた。
そこで、ふと、自分はこの男の事すら何も知らないんだと気付く。
四六時中…と言っても過言ではないほどに一緒にいるのに、自分は彼の事をほとんど知らない。
知っているのは年齢と職業と、肉が好きな事、撫でてくる手が暖かい事、いつも穏やかに力強く笑ってくれる事だけだ。
今まで気にしなかったからかもしれない。
けれど今唐突に気になって、唐突にそれが知りたくなる。
「ん?どうした?」
「…え、と。」
「うん。」
視線に気付いたらしい。
アルヴァートがラルドを覗き込んできた。
聞きたい事ならたくさんある。
どうして海賊になったの、どうやってみんなは仲間になったの、ヴェルディが育て親なら本当の家族は?自分を拾った理由は?
しかし、それらを言える筈もなく、結局ラルドはぼそぼそと呟くしか出来なかった。
「…な、なんでもない…」