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刀を持った男は、現れたアルヴァートを見て楽しそうに笑う。
くるくると得物を指で遊んで、じっくり品定めするようにアルヴァートを見る。

先程の攻撃が銃ではなく小石だった事から恐らく今は丸腰なのだろう。
本当に散歩だったのかは知らないが、例え違ったとて素手でやり合う自信があったという事だ。

果たしてそれは今も何かと考えて、まあどちらにせよ刀で遊ぶ行為がかっこいいからいいかと思考を止めた。


「AAAの方が来るなんてなぁ。予定通り過ぎて笑いしか出ねえや。」

「あんた誰?その呼び方って事は軍人さん?」


キルライシエ海軍の海賊の呼び方は、危険度だとかそんなかっこいいものではなく、その船の頭のイニシャルである。
大抵はファミリーネーム、ファーストネームという順番で省略されて呼ばれるので、アルヴァートも実際はA(アヴァンシア)A(アラン)A(アルヴァート)という意味だ。

この呼び方をするのはキルライシエ海軍だけだろ?と言外に問えば、男はニッと笑った。


「シェントだ。地位は少将。ちなみにこっちは大尉のエルトゥリな。」

「ふーん…アーリアの上司って事か?」

「まぁなぁ。アーリアの上司なんだ、目的は言わないでもわかるよなぁ?」


ゼッハッハッと笑う声に、アルヴァートはすっと目を細める。

彼らの狙いはほぼ確実にラルドだろう。
しかし、ヴェルディは彼が幸福の子供だと“知らない”はずだ。
下手に発言してそう認識させたくない。
彼女がそんなカテゴリーを気にする筈は無いと思うが、その話題自体をラルドにさせたくないのだ。

どう出るか、と視線は外さないままに考えていると、発砲音が響いた。
それと同時に膝からしゃがみこんだヴェルディに、どうやら足を撃たれたらしいと判断する。


「…っほんっま、一般人相手に容赦ないですなぁ。」

「申し訳ありません。逃げにくくしたかったので。」


淡々と答えたエルトゥリに、ヴェルディはわざとらしく笑う。
これじゃあ数的にも彼女だけを逃がしたり援護させるなんてのは難しいなと、得物を持たずとも大丈夫だろうと判断した自分を呪った。

ここは何より自分のホームなのだから、と思ったが、ヴェルディが戦えない事を考えておけば良かったと後悔する。


「なんでアランぐらい持ってねぇんだよ。」

「こんななるなんて思うわけないて。大体あの子今物置のつっかえ棒やっとるもん。」

「だよなぁ…」

「さて、今あんたは丸腰で一般人の姉ちゃんは負傷して逃げるのは絶望的。さて、ガキは渡してくれんのかぁ?」


余裕たっぷりの笑顔を浮かべるシェントを見て、だがアルヴァートもニッと口角をつり上げた。


「誰にもやらねぇよ。アイツは俺のだ。背中しか見ねえ奴なんかに渡すつもりなんかどこにもない。」


そうハッキリと宣言すれば、シェントは面白そうにアルヴァートを見た。

特に策が浮かんだ訳ではないらしい。
けれどそれだけは貫くという姿勢に自然と笑みが浮かぶ。

シェントはすらりと刃に指を当てて撫でると、それから意味ありげに構えてみせて…


「これで帰るわ。」

「は?」


そうあっさりと刃を鞘に納めた。

思わず呆然とするアルヴァートにゼッハッハッと特徴的な笑い声を上げて、先程までとは雰囲気をガラリと変えた。


「もともと今回は正式な仕事じゃねぇもんよ、どんなもんか様子見だぁ。」

「どうぞ、救急箱です。」


ヴェルディに小さなそれを渡して、エルトゥリは丁寧に頭を下げる。
どうやら本当に帰るらしい。

シェントは相変わらず笑い声を上げたままにエルトゥリを連れて、くるりと踵を返した。


「せいぜい頑張って守ってみせな。」

「お菓子ごちそうさまでした。」


そのまま奥へと消えて行った二人に呆然として、とりあえずは助かったのだろうかと首を傾げる。

残された二人は顔を見合わせた。


「…帰るか。」

「そうじゃな。おぶって。」

「嫌だ。」