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「結局おぶるのかよ…」
ヴェルディを背負って小舟を停めた場所までの道を歩きながら、アルヴァートはそうぼやいた。
貰った救急箱に入っていた物で簡単に止血はしたのだが、どうしても歩きたくないらしい。
置いていってもいいのだが、それで夕飯が遅れるのも嫌だと、仕方なしに彼女をおぶる。
「ええやないの、子供っちゅうんは親を背負って生きるもんじゃて。」
「子供じゃねぇよ。」
「うちからすればまだまだ子供です。」
仕方ないなぁとため息。
いくら主張したところで、彼女の中にある幼い記憶は無かった事にはならないのだ。
せめて恥ずかしい記憶だけは消したい物だと願っても、それは叶わない。
はあと再びため息をつくと、ヴェルディはぽすりと頭を彼の首もとに埋める。
そしてポツリと言葉を紡いだ。
「…なぁアルヴァート。あんた、本当にラルドくんをちゃんと守れる?」
「…なんだ。知ってんだ。」
「服捲った時に気付いてん。それで?あんたも背中だけであの子を拾ったなら途中で投げ出してまうんと違う?」
そういえば屋外トイレな事件があったとディランが言っていたなとぼんやり考える。
それから、その事もあってそれを気にしている彼はあんなにも素直に甘えてきたのかとも。
小舟が見えてきた辺りで、アルヴァートはポイとヴェルディを床に落とす。
彼女も一応身構えてはいたらしく、落とすというよりは降りたに近かったが、彼は気にせず空を仰いだ。
暗いそこにはいくつもの星が散りばめられている。
「背中で拾ったわけじゃねぇよ。何度も何度も言ってるけどさ、俺は自分の物は絶対に守り通すから。少なくとも、あいつが泣いて嫌がるまでは絶対な。」
そう言った彼は無意識なのか意識したのか知らないが、とても穏やかに…かつて自分が彼に向けていたのと同じ、愛しくてたまらないという笑顔を浮かべた。
…ああ、そうか。
彼女は少し俯いて、うっすらと笑う。
もう、昔とは違うのかと笑う。
「それにあいつなかなか可愛いぜ?」
「ああ、それは同感。ラルドくんはむっちゃかわええ。」
小舟を繋げて乗り込んだ背中を見て、ヴェルディもけたけたと笑いながら小舟に腰掛けた。
子供じゃない。
確かにもう、彼を子供として扱う必要はないようだ。
沢山の人に囲まれて守る物を見つけて、自分を持つようになって。
もう昔とは違う逞しくなった背中に、だがヴェルディは嬉しいやら寂しいやらで複雑な表情を浮かべた。
「…なんや、うちのが子供じゃなぁ。」
無言で水を渡る音だけが二人の間に響く。
しばらくしてようやくヴェルディの船が見えて来た辺りで、アルヴァートは小さく声をもらした。
入り口に座り込む小さな影が見える。
それは二人に気付くと一度中へと入って行き、再び外へと出て来る。
目を凝らさなくてもわかる。ラルドだ。
彼は静かに停まった小舟に近付くと、何か言いたげに口を開閉させ、二人を交互に見やって、それから手をぐっと握って思い切ったように声を出した。
「おっ…おかえりなさい!」
真剣に発せられた何てことない言葉に二人はきょとんとして、だがやがてニカッといつものように笑って彼の頭を撫でた。
「…ただいま!」