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夜の海は穏やかだ。
街の中でも外でも、優しい波が自身を緩やかに包んでくれる。
ベッドの上で腰掛けたまま、アルヴァートは窓の外を見た。
見上げた星空は相変わらず空一面に散りばめられている。
やがて陽が昇ればそれらは白と薄紫の色に呑まれ、その姿を隠すのだろう。
空はちっとも変わらない。
「…ねないの?」
どこか舌足らずな声が聞こえて、アルヴァートはすぐ隣を見た。
相変わらず一緒に寝かせていたラルドがぐしりと瞼を擦って自分を見上げている。
起こしてしまったと頭を撫でると、もぞり布団の中を移動してぴっとりとアルヴァートの腰にくっついた。
子供特有の暖かさを感じて笑顔を零せば、ラルドは眠そうな目でアルヴァートをじっと見つめる。
「いつも、空を見るんだな。」
「…そんなに見上げてるか?」
「うん、みてる…」
ぽんぽんと一定のリズムで背中を叩けば、ラルドはうとうとと目を閉じる。
だがすぐに目を開けて、閉じてなるものかと強く目を擦った。
無理しなくていいのにと苦笑して、どうして空を見たんだっけかと考える。
「昔、海に出るってヴェルディに言った時にすげー喧嘩してさ。その時も星がいっぱいだったなぁって思ったからつい、見たくなったんだ。」
海に出たいと言った日、反対されて彼女と殴り合いの喧嘩をしたと懐かしそうに目を細めた。
あの陽気な人物がそんなに過激だとは思えないとぼんやり考えて、やっぱり彼女にも色んな道があったんだなと、知らない事への孤独感がぶり返す。
「そういやアイツもよく空を見上げてたから、きっとうつったんだろうな…」
そうぼんやりと答えるアルヴァートに、ラルドはうつらうつらと薄れようとする意識をなんとか留めようと彼のズボンを握る。
だが力の入らない手は添えるだけに留まってしまい、眠気は彼から離れようとしてくれない。
「眠いなら無理しなくていいんだからな。」
「むり…してない…」
「声が眠そうだぞー」
はは、と笑えば、ラルドはもう耐えられないとゆるく頭を振った。
起き上がろうとして、だが自然と目が閉じてしまう。
「おれも、みる…ぅ…あんたと、おんなじの、見たい…」
知りたい、と口の動きだけで呟いたラルドに、アルヴァートは背中を叩いていた手を止めた。
ラルドはそれに気付く事も出来ないまま、そのままだんだんと声を無くしていく。
「いつ…か、あん…の…おし、え…」
くぅ、くぅと聞こえ始めた寝息に、アルヴァートは静かに布団をかけた。
ゆっくりと頭を撫でて、それから少しだけ困ったように笑う。
「俺の事、か…」
ぽつりと呟いて、彼の知らないかつての自分を思ってみる。
小さくて弱くて、そうである事を拒絶して放棄を選んだあの日の自分が、今もすぐ傍にいるような気がしてならなくて。
それを認識する事もなんだか悔しく思う…事に、アルヴァートは小さく笑った。
「そうだな。ラルドが知りたくてもう一回聞いて来て、そん時は起きてたら…ま、昔話するくらい構わないか。」
そう思えるなんて、きっと幸せな事だ。
呟いて、アルヴァートは再び空を仰ぐ。
散りばめられた星が、昔と変わらずに瞬いていた。