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「あ。」
少し間抜けな声と一緒に、ビリッという布を裂く音が船上に響く。
アルヴァートの隣に行こうと走ったラルドの服が木箱に引っかかったらしい。
違う方向に同時に引っ張られたそれは簡単に避けてしまい、ラルドの脇腹の部分を露出させた。
「あーあー、破けちまったな。」
「…っ」
「泣かない泣かない。確かこういうのは…おーい、ジョーン!」
破れた袖を持ってぶるぶると震えだしたラルドを宥めて、慌てて船員の一人を呼ぶ。
アルヴァートに呼ばれたビール太りの男…ジョンはラルドの服を見て、すぐに理解したと頷く。
どうやら見た目に反して裁縫が得意なようだ。
「これ縫ってやってくれ。」
「了解しやした。坊主、一回脱いでくれるか?」
にっこり笑ったジョンに、だがラルドは脱がされてたまるかとぐぐぐ、と服をおさえる。
やはり背中が見えるのは嫌なんだなと、アルヴァートは自分のコートを彼にかけて、その下でワンピースを脱がせた。
彼にはぶかぶかのコートで体を隠しつつ、ラルドは泣きそうに目をさまよわせながらジョンの服を掴む。
「…あ、の、ジョン、その…と、父さんと母さんに、貰ったやつ、だから、その…」
「でぇじょうぶ、ちゃんと直してやるからな。」
「あ…あり、ありが、と…」
ぼそぼそと呟いて、耐えられなくなったのかぱたぱたと船室の方へコートを被ったまま走り去った。
その後ろ姿を笑顔で見送って、さてとジョンはワンピースを持って立ち上がる。
ラルドと会話らしい会話をするのは久しぶりなので、やる気も高い。
裁縫道具はどこだったかと自分の腹を叩いた時だ。
やけに平坦な声でアルヴァートに声をかけられる。
「…なぁ。」
「はい?」
「なんでお前は名前で呼ばれてんの?」
「え?」
何の話だと隣に立つアルヴァートを見る。
彼は声と同じ無表情でラルドが入って行った船室を見ながら、だがどこか確実に敵意のある声をジョンに向けた。
「ディランが呼ばれるのはわかる。だが何故お前が呼ばれる。」
「いや、知りやせんけど…」
「もう一度言おう。何故、俺は呼ばれないのに、お前が呼ばれる。」
「船長、なんか怖いっす…」
一言一言を強調しながら言う彼に、ジョンは思わず後退りする。
自分が名前を呼ばれていないという事をかなり気にしていたらしい。
どこか必死なそれに全力で目を逸らしていると、カツカツとサンダルを鳴らしてカタリーナが近付いてきた。
周りには数人の船員もいて、皆楽しそうにアルヴァートの肩に手を置いたカタリーナを見ている。
「安心しなアヴァン。アタシも呼ばれてない。」
「僕は食事準備の時とかで呼ばれたりしてまーす。あとヴェルちゃんも呼ばれてた。」
「おれっちも呼んで貰ったー」
「オラもだ。」
「カタリーナと俺以外全員かよ!」
ディーもジョンもソンも呼ばれてるのに!と座り込んで床を叩く自分達の船長に、面白いという感情と同時にどこかかわいそうな気持ちになってくる。
「こんなに…っこんなに愛してんのに…なんで名前…なぁ名前…名前さぁ…」
「だ、大丈夫っすよきっと照れてるだけですって!」
「そうですって船長ほら元気出して!」
思わず慰め始めてしまった彼らがラルドに名前を呼ばせよう計画を発案するまで、あと56秒。