53

ラルドに名前を呼ばせよう作戦、1。
名前を呼ばれるまで返事をしない。


「なぁ、コート…」


寝間着に着替えたらしいラルドは、丁度船長室近くを歩いていたアルヴァートにそう声をかけた。
どうやらコートを返したいようだが、アルヴァートはじっとラルドを見るだけで返事はしない。

普段なら明るく迎えてくれるのに、と不思議に思って首傾げるも、だがラルドはそれ以上の言葉はかけない。

しばらくじっと見つめ合った後、ラルドはそっ…とコートをアルヴァートの腕にかけて、そのまま走り去った。


「作戦失敗っすね。」

「だが寝間着が可愛いのでアタシ的には良し。」


ラルドに名前を以下略、2。
無意味にくっついてみる。


「な、なに…」


ラルドが船長室のベッドの上でクラークを弄って遊んでいるところに、カタリーナとアルヴァートは無言で中に入ってきた。
ぽすりと彼を挟むように座って、ぴったりとくっついてみる。

予定通りラルドは困惑した表情を浮かべ、恐る恐るといった様子で二人を見上げる。

なに、の次に名前を呼んでみろと二人してにっこり笑えば、ラルドは耐えきれないとばかりに叫んだ。


「…っや、やー!」

「あ、逃げられた!」

「作戦失敗!」


他、名前を呼ばざるを得ない状況にしたり素直に言えと言ってみたりと様々な事を試してみたが、ラルドは器用にも「なぁ」「あんた」で乗り越えるか逃げるかで名前を呼ぶのを避け続けた。

夕方になる頃にはネタもつき、二人はすっかり落ち込んで樽と樽の間に頭を突っ込んでしゃがむという不思議な光景が出来上がった。


「センチョがあんなに落ち込むのなんて初めて見た…」

「坊主はなかなかガードが固いなぁ。」

「姉御の落ち込み具合もぱねぇぞ。」


付き合いの長いディランでさえも驚く落ち込みっぷりに、自然と周りの船員達も不安そうに声を潜める。

それらを最後まで一人面白そうに眺めていたライノルズは一つため息をついて、ラルドを呼び止めた。
ひたりと立ち止まった彼ににこやかに近付いて、その頬をつついてみる。


「ラル坊さ、なんで船長とリーナちゃんを名前で呼んであげないの?」


率直な言葉に、それを遠巻きに見ていた船員達に緊張が走る。

彼らが見ている事を知らないラルドは、だがきょろきょろと辺りを警戒心剥き出しで見回した。
その仕草に、あああんまり聞かれたくないのねとライノルズは言葉を続ける。


「大丈夫大丈夫、二人ともいないから。」

もちろん嘘である。
嘘どころか、他にもたくさんの船員が見ている。

が、もちろんそうとは知らないラルドは素直にその言葉を信じ、おずおずと言葉を紡ぎ始めた。


「…名前呼んだら、構ってなんか、くれなくなる…から。」


だから呼びたくない、そう呟いた彼に、ライノルズは一瞬かける言葉を失う。
同時に後ろの方でドタバタと音が騒がしく鳴り響き、更にボタボタと何かが滴る音も響く。

ああ嫌な予感、とライノルズが遠くを見ると同時に、二つの影がラルドを攫うように抱き締めた。


「ラルドおおおおおおおおおお!!」

「ひっ!?」

「構わなくなるわけないじゃないか坊や!むしろアタシの鼻から薔薇が舞うよ止まらないよ!」

「むしろ俺喜ぶ喜ぶから!もっともっとラルドの事好きになるから!」


そう頬擦りまでしてくる影…もちろんアルヴァートとカタリーナだ。
片方は鼻から赤い物を垂らし片方は嬉しくてたまらないとラルドの頭をガシガシと撫でる。

過剰なスキンシップ。
今までこれに近い事が無かったわけではない。
だがほぼ初めてとも言える反応にラルドは思わず涙をこぼした。


「う、く、うぅ…へ、へんたぃい…!」


こぼして、叫んで。
その瞬間緩んだ腕から抜け出す。

走って行くその姿に二人は…というかカタリーナは顔を覆って座り込み、アルヴァートは空を仰いだ。


「変態…アタシもう変態でいい…」

「本当に何言っても可愛いなもうラルドまじ天使。」

「ノイズ、二人の頭の中はろうやったら掃除れきる?」

「もう手遅れじゃないかな。」