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アルヴァートとカタリーナから離れた後、ラルドは船の先頭で縮こまってぶーと頬を膨らませていた。
珍しいくらいに眉を寄せて、いつもより顔を赤らめる彼に、マストの上にいた船員の一人…アルヴァートとカタリーナの名前を呼ばせよう作戦に最初こそ参加していたが、途中で見張り交代だからと離脱した…がするすると降りて来て、彼になるべく優しく話しかけた。
「ラルド坊ちゃん、随分とご機嫌斜めだべなぁ。」
だがそれにラルドはびくっと体を震わせ、赤らめていた頬からサッと赤みがひく。
話しかけた船員…ソンは人当たりも良く、カタリーナを「姉御」と呼び慕い始めた最初の人物なのだが、見た目はとてもムキムキである。
ようするに筋肉質な巨漢なのだ。
ラルドはどうしても身構えてしまう。
ソンも自分の見た目については理解しているので、特に気にする事なく話を続ける。
「船長も姉御も、坊ちゃんが可愛くてたまらないんだっぺよ。あんま嫌わないでやっでぐれ。」
「…べ、つに、嫌ってない。」
ぷいとそっぽを向いて、持っていたクラークをぎゅっと抱き締める。
ソンはその様子に単純にびっくりしてしまっただけなのだなと一人頷いて、先程からこっそりと覗き見ているディーとジョンに視線をやった。
どうやら後をついてきたらしい。
彼らは少しバツが悪そうに笑って、だが笑顔でラルドに近付いた。
「確かに二人とも変態っす。なんたってヴェルディさんに育てられたし。」
「でも良い奴だべ。坊ちゃんだってわがっとるだろ?」
…知ってる、そんなこと。
あの手はとても暖かくて、あの笑顔はとても穏やかな気持ちにしてくれるのだから。
「だからほらほらそんな顔しねぇで、いつもみたく甘えに行きやがれぃ。なんだかんだあっしらもそれを見るの好きだしねぃ。」
ガバッと頭からワンピースを被せられて、ラルドはぽかんとジョンを見上げた。
ワイシャツの上から着たワンピースは可愛らしく刺繍しながら破れた部分を直されており、短時間でよくここまでという感心とどうしてこうなったという疑問が浮かぶ。
だがそれらを上手く消費出来ずにいれば、ソンが少し雑にラルドの頭を撫でた。
「もっとわがまま言っでいいんだ。」
「言い過ぎもあれっすけど、わがまま言えるくらい仲良くしてくれた方が嬉しいし。」
「なんたって家族だもんねぃ!」
笑顔で言い切る彼らに、ラルドはぽぽぽ、と頬を赤らめた。
帽子は無かったので代わりにぎゅっとワンピースを掴んで、ぼそぼそと「甘えてない」と呟く。
それから小さくはにかんで、囁くように言葉にした。
「…おれ、三人も結構好きだ。」
「おっ船長より先にデレさしちまった!」
「あとで自慢すっべ。」
豪快に笑う三人にラルドも笑った。