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「…なに勝手にうちのラルド、連れ出してんだ?」
「勝手に、ではありませんよ。きちんと同意の上です。」
にっこり、わざとらしく笑うアーリアは、今回は確かにラルドの手を握っているだけでその手に持つ刀は使用していなかった。
しかし、彼にとって重要なのはラルドが浮かべている表情だ。
何かを堪えすぎて、逆に全て失ったような表情。
今にも泣き出しそうなのに、それを必死に隠そうとする表情が、酷く胸をうつ。
無意識に奥歯を噛むアルヴァートを満足そうに見つめて、アーリアは挑発するように刀をちらつかせながら喋り出した。
「人魚、という存在をご存知ですか?AAA。」
「…お伽話でも始めんのか?」
「まさか。それになぞらえ呼ばれる存在についてお話ししたいだけですよ。」
アーリアは言う。
人魚とは、それこそ各領で認識が異なる。
ベレン領やフルルユア領では「美しい存在」と呼ばれ、キルライシエ領では「港への導き手」と呼ばれる。
そしてオーラムオルド領とユーマイオルド領では「忌み人」と同じ認識をされているのだ。
アーリアはその中でも最後の意味を持ち出し、謳うように言葉を紡ぐ。
「美しい歌で誘い込み、海に引きずり込む…人は忌み人と呼ぶ事もあります。けれどそんな麗しい存在は、彼のような幸福の子供にこそ相応しいと、私は思うのですよ。」
一見すれば、まるでラルドを麗しい存在と言っているような言葉。
だが、ラルドは「幸福の子供らしくない、不幸を呼ぶ忌み人のようだ」という意味も込められている事に気付いて、酷く嫌悪感を覚えた。
その感情に動かされるままに傷を負ったシェントを押しのけ、アーリアがいる場所まで一気に駆け上がる。
そして振り下ろした銃は彼女が瞬時に抜いた刀によって阻まれ、ガチガチと金属が擦れる音を響かせた。
ラルドの肩を掴むアーリアに、少しだけ余裕の無い笑みを浮かべる。
「…そんな麗しい存在なら、余計手放す気になんてなれねぇな。」
「物好きですね。自ら海に沈むと?」
「どうせいつかは沈むんだ。なら、一緒に沈んだ方がいいだろ?」
キィンと、自らの銃ごと刀を弾いて、彼女の手から武器を取り上げる。
カランカランと軽い音を立てて床を滑っていく自分と相手の武器に目をやれば、その瞬間に体当たりを食らってアーリアも床を滑った。
アルヴァートはそんな彼女には一切の視線を向ける事なく、呆然と立っていたラルドに手を伸ばす。
だが、それはパチンと小さな音を立てて、彼に届く事は無かった。
「…ラルド?」
ラルドに手を叩かれたのだと気付いて、不自然に手を伸ばしたままアルヴァートは彼を呼ぶ。
ラルドはしまったという顔をして何か言いたげに口を開閉させると、やがて決意したかのように目をぎゅっと閉じた。
微かな声が、彼の口から紡がれる。
「…ないで。」
「え?」
「…っあんたに名前を、呼ばれたくない…っ」
それは、明らかな拒絶。
初めてとも言える拒絶に、アルヴァートは呆然とラルドを見つめた。