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この世界は青の底だと思った。

空と海しかない青い世界。
青と青が溶け合うこの境目は、どちらの青の底なのだろう。
この青の底で、自分達は魚にも鳥にもなれないまま、どこへ向かうのだろう。


「ついたよ、幸福の子。」


自分を呼んだオシリスの声に、ラルドはハッと意識を戻した。

キルライシエ領の帝都艦、リアンジェカ。
今まで見て来たどの街よりも重厚な船が集まって出来たこの街は、妙に息苦しく感じて不安になる。

アーリアとシェントはラルドをここに連れてくるなりオシリスに任せ、どこかへ行ってしまった。

任されたオシリスも長い廊下を歩く間も目的地についた今も何も喋らず、ただ機械的に扉を開く。


「ようやく会えたね、ラルドくん。」


中から聞こえた初老の男の声に、体が無意識にびく、と跳ねた。

綺麗に片付けられ、だがどこか豪華さを感じる部屋。
そこにある大きなソファに座ってにっこりと微笑むのは、かつて自分を飼っていた貴族の叔父だと、自分の中にある記憶から考察する。

男…フォルキシア・ホルスは優雅に立ち上がると、ゆったりとした動作でラルドに近付いた。


「そんなに怖がらなくていいよ。儂に君を傷付ける意志は無い。なによりあの海賊がいなければ、君はもっと早くから儂の傍にいたはずなのだしね。」


する、と頬を撫でられて、全身を駆け巡った嫌悪感にサァッと顔を青ざめる。

この男は嫌だ。逃げなければ。怖い。助けて。恐い。

そんな感情がぐるぐると頭の中を巡って、自然と俯いてしまう。
あの手を自分から離した自分に、助けなんかあるわけないじゃないかと。


「オシリス軍曹。君はもう下がれ。」

「え、ですが…」

「下がれと言っている。羽をもがれた者などここには必要ない。」

「…了解しました。」


ラルドに対するのとは打って変わって、無表情に冷たく言い放ったフォルキシアに、オシリスは一度渋るもすぐに頭を下げた。

ちらとラルドを見て、小さく震える姿に悲しそうに眉を潜めるが、特に何か出来るわけではないと首を小さく振る。


「さあラルドくん。君を連れて行きたい場所があるんだ。幸福の子供だなんだと言われ人々の道具にされなくて済む、君達の為の場所が。」


扉を閉める際に見えた、嫌な印象しか残さない笑顔でラルドに手を伸ばす姿に、パタンと扉を閉めた後にオシリスは深く息をついた。

自分にしては珍しいくらいに脂汗が出ている事に気付いて、自嘲するように笑った。


「…何が幸福の子供の為の場所だよ。」


ただのお前の為の場所だろう、と呟いて窓の外を見る。
暗くなってきた今では、特に何も面白い物は見えない。

ズルズルと扉に寄りかかりながらしゃがみ込んで、まるで自分の背中に触れようとするかのようにしてうずくまる。


「…姉さま。」


無性に、会いたかった。