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バタバタと腕を引かれるままに走る。
いつもの青い服ではない、淡やかな紫の布地に白いリボンの着いたワンピース姿のまま連れ出されたラルドは、警備の穴を上手く潜りながら着実に出口へと手を引かれていた。
自分の腕を引く彼を見る。
無理やりに三つ編みにした髪型の彼は、自分をフォルキシアの下に案内したオシリスだった。
軍服を着たままの彼は、だが明らかに命令を無視した態度でラルドを連れて走る。
だが、ラルドを閉じ込めるエリアの出口付近は対アルヴァート用の配置になっているようで、壁にもたれるようにしてシェントが立っていた。
「…ち、よりによって少将かよ。本当に面倒臭い人だな。」
「あ、あの…」
くいと袖を引けば、オシリスは一瞬目を合わせたがすぐにふいとそらしてしまう。
それから、その流れはまるで無かったかのように話し出す。
「…お前がいるとアイツが楽しそうだったから。アイツが楽しそうだと戦いも盛り上がるし、あの人に繋がるかもしれない。あの人に繋がってくれないと、姉さまが悲しそうな顔をするんだ。」
その言葉について、たくさん聞きたい事はあった。
だが、なんとなく聞いてはいけないような気もした。
彼が自分を連れ出した理由は、彼だけの大切な物であるように思ったのだ。
その理由なんて、やっぱりわからなかったのだけれども。
ふと、オシリスが静かに銃を構えた。
アルヴァート以外の人間がすぐ傍で銃を構えるというのはなんだか新鮮で、思わず息を飲む。
彼は自分達の脱出の妨げになるシェント…暇だったのか、剣を持ってポーズを決め始めた彼の手目掛けて躊躇い無く発砲した。
「うおっ!?」
「今だ!」
彼の手から落ちた剣を、更に遠くへ蹴り飛ばして前へと走った。
シェントの腕からは上手く逃れ、真っ直ぐに次のエリアへ向かう。
だが、あと少しという所で発砲音と衝撃がオシリスを貫いた。
ガクリと膝から力が抜ける感覚に、後ろを走っていたラルドは思わず彼を追い抜き、互いを巻き込む形で転ぶ。
なんとかラルドを腕の中に抱え込んだオシリスは、目の前に立ちふさがる姿にうっすらと笑みを浮かべて起き上がった。
「もっとよく周りを見るべきだ、オシリス軍曹。」
「…目立たない場所にいないでくださいよ大尉…」
ツカツカと歩いて来たエルトゥリとによって前後を囲まれる。
エルトゥリはひょいと剣を投げて返すと、シェントは少しバツの悪そうな表情で「わりぃ」と呟いてそれを受け取った。
これで完全に前後を囲まれたわけだが、オシリスはぎゅっとラルドの手を握って逃げ道を模索する。
どちらもそれなりの地位にいるだけあって決して弱くは無い。
それこそ奇襲でもかけなければ勝機はないだろう。
だが目的は勝ち負けでは無く逃走だ。
それだけを考えて、オシリスは肩から流れる血を抑えて息を整えた。
(せめて、姉さまの所にAAAが辿り着いてれば…)
「さて、オシリス。元々お前がアーリアの言う事以外を聞く気がないのは知ってたが…なんで今なんだ?今はホルスもいて面倒なだけだろ?それともそういう命令か?」
「…自分に誇りを持てるように生きなさいとしか、姉さまはぼくに命令してくれませんよ。」
もっと色々言ってほしいんですけどね、と言いながらシェント目掛けて発砲する。
だが警戒していたシェントはそれを掠めるだけに留め、そのまま逃げ出そうとしていた背中を切りつけた。
オシリスもそれを間一髪の所でなんとか逃げたが、代わりに彼の服が破れる。
そして現れたその背中に…シェントは一瞬動きを止めた。
「お前、それ…?」
「っ少将!」
「うおっ!?」
エルトゥリの言葉に、後ろから跳ね返ってきた弾をギリギリで避ける。
オシリスの銃はさほど殺傷能力が高いわけではない。
それを利用して、貴族船の壁でのみ使われる銅板に跳弾させたのかと理解した時にはもう、彼は次のエリアへと逃げおおせていた。
シェントはもう一度、先程見えた背中を思い出す。
オシリスに手を引かれるラルドも、目の前にあるその背中を凝視した。
そこにあるのは、一筋の深い傷跡と…それによって斜めに分断された、翼のような赤黒い痣だった。
前から聞こえた軍人の声に、一度すぐ傍にあった部屋に入り込む。
バタバタと走る音に耳を済ませながら、オシリスは自分の服を裂いて簡単に肩を止血する。
「な、なんで、」
「…ああ、そっか、切られたのは背中だもんね。」
自分をじっと見つめるラルドに、オシリスは何てことないようにその背中を見せた。
やはり、彼の背中にはあの翼のような痣があった。
その上に走る傷跡はそれなりに古い物のようだったが、ばっさりとその痣を両断している。
「幸福の、子供…」
「もう違うよ。これじゃあ幸福へ導く羽はもがれてしまったんだって。馬鹿みたいだよねそういうの。」
彼は無表情にラルドを見つめて、彼を通して別の何かに話し掛けているようだった。
それは、前に対面した時と同じ。
どこか沈んだ声に、じくりと背中の痣が疼くような気がする。
先程まで自信に満ちた笑顔だったのが、酷く寂しい物に変わる。
…幸福でなんか、いたくない。
だって、自分はただの子供で、誰かを幸せになんか出来やしないのだから。
「前にも言ったけどさ。たった一人を幸せに出来れば、ぼくはそれで十分なんだよ。」
だから、自分を終わらせて自分を始めさせてくれた、あなたに。
あなたに、殺されたかった。