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いくつもの星が瞬いて、海の上にもう一つの空を作る。
揺れる波は穏やかに凪いでいて、耳を擽る波音が心地良い。
ギィ、と小舟を鳴らしてライノルズが乗り込む。
その腕には眠るラルドを抱いていて、彼らの隣に立つアルヴァートとディランはその頭を柔らかく撫でた。
「よし、じゃあライノルズ。ラルドを頼んだぞ。」
「本当に僕に頼んでいいの?いざという時何もしてあげられないかもよ。てゆうかこんな嫌な役目やりたくないんだけど。」
「らいじょうぶらよ。ノイズはなんらかんらいい人らもん。ね、センチョ。」
「だから頼んでんだ。当然だろ。ライノルズには感謝だってしてる。俺を海に連れ出した張本人だしな。だからこそ、ラルドを頼んだ。ヴェルディんとこにでも連れてってくれ。」
そう笑う彼らの後方では、船員達が戦いの準備をしているのがよく見える。
ライノルズは右足が上手く動かず、走る事すら出来ない。事実、普段はあまり歩く事も極力避けている。
ラルドももちろん、戦力にはならない。
力でこの船を支える事が出来ない二人。
それを紛らわせるようにわざとらしく笑うライノルズに、アルヴァートはくしゃりと笑った。
「ヴェルの事も頼んだよ。あんなだけど俺の…自慢の母さんだからさ。」
今までとは違う、どこか遠く何かを請うような笑顔。
彼は知っている。彼が今まで決して言わなかったその言葉に込められた思いも、意味も。
だからこそ、ライノルズは目を閉じて、もう一度茶化すように笑った。
「ヴェルちゃんにそれ、伝えるべき?」
「あぁ?伝えんなオヤジ。」
「お兄さんまだ28歳。」
いつもと変わらないやり取り。
言葉を交わす二人をディランが困ったように笑う、いつもの風景は、だが何か終わってしまったかのような寂しさを感じる。
ふと、ライノルズの腕の中でラルドが小さく声をあげた。
もぞもぞと動いて、うっすらと重そうに瞼を持ち上げる。
「ある…ばぁーと…?」
寝起きの舌足らずな声。
自分を呼ぶそれは、つい最近ようやく紡がれるようになった物だ。
彼を追って来たのだろうあの船に、彼を再び渡す気なんて全く無い。
ようやく向けられた笑顔に、アルヴァートは柔らかく笑ってラルドの髪をかきあげ、小さな額に自らの唇を押し付けた。
「ラルド。俺は、俺達はお前と居れる事が幸せだって思うんだ。お前が俺の物になってくれて嬉しかった。繋がれた気がした。だから…」
ゆっくりと、だが力強く二人が乗る小舟を押す。
そして飛びっきりの笑顔で、動き出した小舟に手を振った。
「また後でな!海に向かって歌ってでもして生きてろ!」
遠く遠く、離れて行く。
ディランを連れてアルヴァートが船に戻るまで、あとほんの少し。
ラルドがそれに気付いて彼の名を呼ぶまで、あと数秒。
船と船が衝突するまで、あと…