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ここはキルライシエ領のリアンジェカ…ではなく、そこよりずっと北にあるユーマイオルド領。

世界地図の端を全て囲む形で細長いユーマイオルド領は、かつて陸が存在していたとされる時代に建てられた塔をそのまま自分達の領地としており、遥か下、海の底から伸びるという東西南北に4つの塔を持っている。

ここは北に建つマレステラの塔。
その一室に設けられたその場所に二人はいた。


「呆気ないものですね。」


そう呟いたのはアーリアだ。
両腕を上に持ち上げられ、鎖にがんじがらめにされたアルヴァートを見ながらそう呟く。

ぐい、と顎を持ち上げれば彼の顔にはいくつか傷がついており、縛られている事で拭えずにいる血を彼女はやけに優しくなぞった。


「どうせ時間稼ぎだったのでしょうけど、こうもあっさり捕まってくださるとは思いませんでした。」

「こっちも、まさか最初から俺狙いだとは思わなかったよ。最初から人質にするなんて相変わらず手段選ばねえのな。」

「今回は私じゃありませんよ。あのいけ好かない子供愛好家の命令です。」


なるほど、だからこの塔を使う事が出来るのかと理解する。
海上ではあんなに多かった海軍の姿も、自分達を捕まえた後はほとんどが別の船に乗っていなくなったのもそういう事だろう。

キルライシエ領領主とて、ユーマイオルド領に強気になることは出来ない。

何が目的かは知らないが、自分達をここに拘束出来ているのはフォルキシアの力によるもので、その条件か何かで必要最低限の人数しか置けないのだろう。


冷静に状況を整理して、つまらなそうに自分を見るアーリアに意識を戻す。

捕まえるまではあんなに楽しかったのにとアルヴァートの傷をそっと指で撫でる彼女は、だがその目を決してアルヴァートには向けていない。

アルヴァートを通じて、“違う誰か”を見ている。そんな目だ。


「…お前、まだあいつ追いかけてんの?」


ぴくり、アルヴァートの言葉に答えるようにアーリアは体を僅かに強ばらせる。
触れている指から伝わった緊張に、アルヴァートはやはりそうかと息を吐いた。


「もういいじゃんか。もう、あいつを追いかけなくたってお前は…」


パンッと、乾いた音が響く。
彼女が彼の頬を叩いたのだ。

無表情でアルヴァートを見下ろす彼女は、やはりその表情の通り淡々と言葉を紡ぐ。
たった一言だけを、言葉にする。


「…私はそんなに強い人間でもなければ、優しい人間でもお綺麗な人間でもないんですよ。」


それだけ。
それだけを言って、彼女はくるりと体を反転させた。
カツカツと音を鳴らして階段を登り、その部屋から立ち去る。

扉が閉まり、一切の明かりも遮断された暗い部屋で、アルヴァートはぶるりと体を震わせた。

…暗い場所は、あまり好きではない。
夜の風景は好きだが、光の無いこの場所はとても嫌いだと思った。

はあと再び息を吐いて天井を仰ぐ。
仲間達は無事だろうか。
ライノルズとラムダはヴェルディに会えただろうか。

色々な考えが浮かんでは消化され浮かんでは消えて。
そんな事を繰り返しながら、どうやってこの鎖を外そうかと考えを巡らせた。