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いつまでもいつまでも、自分を縛る思い出がある。
美しかったはずのそれはやがて形を変え、美化と誤解とにまみれていつか自分を縛るだけの鎖になってしまう。

そこにある恐怖と愛しさ、絶望と渇望、そんなものがぐちゃぐちゃに煮詰まってドロドロと自分を絡め取り身動きを出来なくする。

今目の前にある鐘だって、かつては美しい音色を響かせただろう。
だがもう錆び付いて鳴らないそれは今ではただの金属でしかなく、ただそこに存在しているだけだ。

この鐘の音を奪う錆のように、自分は今も彼に捕らわれてただここに存在しているだけなのだと、彼女はぼんやりと笑った。



「君とここに来るのは初めてだったかな?」


カツ、と靴を鳴らして、フォルキシアはそう笑いかけた。
彼の後ろに控えるアーリアは、それに表情一つ動かさずに黙って彼の話に耳を傾ける…ふりをする。

突然呼び出されて若干不機嫌なのだ。
フォルキシアもそれを理解した上でわざわざ長く話をする。


「陸の文明とは素晴らしかったのだろう。今尚立派にそびえ立つ塔。鐘が鳴らないのが勿体無い位だ。」

「…呼び出した理由はなんですか。あなたと共通の昔話など存在しなかったはずですが。」

「本当は少将くんも呼んでいたのだが、仕事があると逃げられてね。せっかく幼い幸福の子供達に触れ合った者同士、話したかったのだが…どちらもすでに羽は折れているとはいえ、残念だ。」


くだらない。
率直にそう思った。

目の前の男を覆う錆は、どこかねじ曲がった幸福の子供達への愛だ。
閉鎖的な愛など何になるのだろう。

彼の望む不変の幸福に、アーリアはつまらないくだらないと心中で吐き捨てた。


「大佐くん。君はこの鐘の持つ意味を知っているかい?」

「興味ありませんね。」

「君は本当に素直だね。素直で一途で。だが鐘は鳴らない。」


くい、と引っ張ったところで鐘は鳴らないし動かない。

そうか、彼はこちらの事も厭らしく調べたのかとアーリアはフォルキシアを睨む。

彼は言っている。
アーリアがどんなに素直で一途だろうと鐘は鳴らないと。
“願いは叶わない”のだと。


「さて、ラルドは来るかな。」

「…来るでしょうね。」

「ほう?」

「必死ですから。あの子達は。」


自分の居場所を守るために必死だ。
自分が切り捨てた幸福の子供も、あの子供も…そして絶望に身を沈めた子供も。

なんとなくフォルキシアを直視している事すら億劫になって、ついと外に視線をずらす。
夜明けに染まる世界はとても美しい。
今日新しく生まれた太陽は眩しく、そこにある物全て黒いシルエットに変えていく。

黒い黒い、影を生む。


「…!」

「アーリア大佐?」


フォルキシアの声など聞こえないかのように、彼女はそこから走り出した。

普段の彼女からは考えられないほど表情を驚きで満たして、階段を二段飛ばしに駆け下りて行く。


(あれは…)


塔の上から見えた影を思い出す。
それは人の形をしていた。
あの姿を彼女は知っている。
ずっとずっと探していた姿にそっくりな、あの人影を。


(あれは…!)


オシリスを使って情報を集めたし、海賊狩りの遊びついでに探していた。
それでも見つからない、見つからなかったあの人。

ザッと、港で足を止める。
痛いくらいに動く心臓、久しぶりに乱れる呼吸、そらせない視線。

目の前でその人影は、左目にかかる長い前髪を揺らして笑った。


「やあ、久しぶりだねアリアちゃん。」

「FR…やっと…見つけた…?」


言葉にして、それは更に真実として意味を持つ。
見つけた。見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた…見つけた。

アーリアは顔を喜びに歪ませて、そうして愛しそうに憎そうに狂おしく、その名前を呼んだ。


「ライノルズ・フィラデルフィア…!」