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時々、無性に“愛される”というのが怖くなる。
少しでも気を抜いたら呆気なく見離されてしまうような気がして、それならいっそ誰からも拒絶されればいいのにと思う。

けれど、やはりそれはそれで嫌だとも思ってしまうらしい。


こっそり、船の影でうずくまってアルヴァートは桟橋の辺りで話すヴェルディと自分の父親を見る。

どこか楽しそうに話すヴェルディに、どうしたって落ち着かない。
彼女は本当に優しいから、だから落ち着かない。

無意識に膨れる頬に、だから誰かは嫌なんだと言い訳がましく手を引っ掻いて心中で呟く。


そうしていれば、アルヴァートの父親…彼女にとっては叔父と会話を終えたヴェルディがこちらに戻ってくる。

当然、影にいただけのアルヴァートはすぐに見つかって、ヴェルディは嬉しそうに顔をほころばせた。


「なんやアルヴァートくん、そこに居ったん?来れば良かったんに。」

「誰があいつの所なんか行くか。」

「ホンマに、あんたらは不器用さんじゃのぅ。」


くすくす笑う彼女にムッとする。

そんななんでもわかるかのような顔、しないでほしい。


「うるさいな。もうあいつは他人だろ。」

「一緒にいないだけで家族じゃろ。一緒にってのが大事ならうちとは家族になるよな?」

「あんただってどうせ他人だろ。」


そこまで勢いのままに言えば、ヴェルディは初めて表情を曇らせた。
一緒に暮らして数日、初めての寂しそうな顔だ。


「…アルヴァートくんはいつも、うちを何か疑っとるなぁ。」

「いちいち信じるかよ。」

「ならどうしたらええ?どうしたら他人じゃなくなる?どうしたらあんたの家族になれるん?お母さんになればええ?どうしたら…」


アルヴァートの手を、そっと包む。
引っ掻き傷だらけの、手を。


「どうしたらこの手をもう、傷付けないですむ?」


カッとなって、アルヴァートはその手を勢い良く振り払った。

彼の手にある傷は、全て彼自身がつけたものだ。
意識的に無意識的に、何かをこらえるように付けられた引っ掻き傷。

見ないで。
どうか、見ないで。


「馬鹿だろ、そんなんなったって他人に変わりない。俺はただ…早く終わらせて欲しいだけだ。」

「嫌じゃ。そんなら、自慢の母さんじゃ言わせたるわ。」

「なんでそうなるんだよ。何が欲しいんだよあんた。幸せ振りまくならもっと違う奴選べ。俺に構うな俺にいちいち笑いかけるなうざい。」


放っておいて。
触れないで。
何も持ってなんかいないから。


「あんたなんか、大嫌いだ。」


どうか、嫌いになって。


「すまんな。うちは大好きじゃ。」


それでも笑う彼女が、少しだけ憎かった。