「こらー、犬紳士くん。もう。あんまり意地悪なことしたらダメだよ」
「意地悪じゃないさ。ただの興味。君もいないの、そういう相手」
「魔法少女は誰のものにもならないよ。あえて言うなら、みんなのものかな」
「優等生〜!」
からからと笑う犬紳士くんは、でも欲しい言葉ではなかったのだろう。次の瞬間にはつまらなそうに頬杖をつくのでわかりやすい。
ふうっと息を吐いて、すっと笑顔を消して。それから、あーあ、と吐き捨てた。
「つまんないなあ」
ぱっと先輩から手を離して、飽きたとばかりにそのまま放り出す。ちょっと勢いよく放り投げられたけれど、ちゃんと私が用意した花びらの着地点に落としているあたりは優しい。
「まあ、でも魔法少女には特定の相手作ってほしくないのも事実だよな」
「漫画みたいに全部追いかけられるならいいけど、そうじゃないならねえ」
「俺たちの魔法少女ちゃんに恋愛は早いだろ」
「結婚報告はしないでくれー!」
そんな、あちこちから聞こえてくる声は、どう返事をするのがいいのだろう。よくわからないけど、恋バナを禁止していることについては優しく見守ってくれているみたいなので、とりあえず気を使ってくれてありがとうと声が聞こえた方に笑いかけておいた。
照れくさいけど、がんばれって言ってもらえるのは、ちょっと嬉しい。えへえへとはにかんでいると、犬紳士くんがそうじゃないの! と駄々をこねるように椅子の上で寝転んだ。
「俺様ちゃんはもっと楽しい話が聞きたいの! あの子が好き、こんな子が好き、今日こんなことがあっちゃった〜、すっごいときめいちゃった! こういう話がしたいの!」
「はあ……」
「きらきらふわふわ可愛い恋バナがしたい! そんでもってそのまま猥談だってしたい! わかるかこの気持ち!」
じたばた。じたばた。足をばたつかせたかと思えば、くねくねと体を揺らして力強く語り出す。どうやらとにかく一緒に恋バナをして盛り上がりたいらしい。
誰かと話した方が盛り上がる気持ちはわかる。なので、どうにかなだめて、とりあえず事件を終わらせた後にでも、それに付き合ってあげたい気持ちはある。魔法少女は問答無用で悪の組織を吹っ飛ばすような子ではないのだ。たぶん今回彼が出てきた理由って、恋バナしたすぎて力が変に有り余っちゃったとかそういう感じだろうし。
でも恋バナはしてあげられない。陽葵関係なく、私自身に恋バナのストックはないのだ。せいぜい友達の片思いくらい。でもそれを勝手に話すわけにはいかないので、やっぱり何も話せない。
私は少し腕を組んで悩んだ後、これはちょっと難しいな、と判断して。せめてもの妥協案のためにと、左手の指先を右の手のひらにくっつけてから、大声で叫んだ。
「うーん……タイム!」
「いいだろう!」
「今猥談って何か調べるから待って!」
「それは待って!」
ただの検索くらいなら魔法で辞書でも取り出せばできる。携帯端末を使ってささっと調べる方が簡単だけど、さすがに魔導書では取り出せない。
魔導書の上に辞書が乗っている図はなんだか変だなと思いつつ、わ行のページを開いたところで、犬紳士が血相を変えて文字通り飛びついてきた。
いつの間に椅子から飛び降りてきたのか。突進する勢いでぶつかってきた体も、がっしりと掴まれた腕も正直に言って痛い。しかもあまりにも容赦なく飛び込んできたので、受け止めきれなくて大きく体がよろめく。腕を掴まれているから倒れこむことだけは阻止できたけれど、危ないよ、と少し涙目で非難すれば、ごめんね! と勢いよく謝られた。
「待って! 本当に! 調べないで!」
「だって猥談っていうのしたいんでしょ。私恋バナできないもん、せめてそっちくらいは付き合おうって思って」
「ごめん本当に知らないならしなくていいです大丈夫です」
「おい犬紳士! 俺たちの魔法少女に何吹き込もうとしてんだ!」
「さいってー!」
「うるさい十四歳っていうの忘れてたの! むしろ十四歳ならちょっとご興味あるかもって思ったの!」
最低! と再びの合唱に、私は眉を下げるしかできない。
私の年齢については、以前にうっかり公表してしまっているから別にいい。彼の年齢は知らないけど、十四歳に吹き込むのは最低なことを話題にあげていたのはどうかと思う。
というか。
「調べたらいけないようなことを話したいの? それ、本当に話してもいいこと……?」
「……こ、公共の場で大声で言うのはダメなことかな……」
ぼそぼそと呟く犬紳士くんに、先ほどまでの勢いはない。右だけ見える目も、うろうろと泳いでいる。その態度からして、猥談というのが公共の場で大声で話したり、十四歳が検索したりするのは気が引ける言葉だと言うのを理解した。
それがどういう方向のものか。まあ、想像できないほどじゃない。十四歳とは多感なお年頃で、いろんな情報が見えてくる頃なのだ。もちろん自分から見に行ったり、見せられたりするのは非常に良くないことなので、ふんわりとした知識しか知らないけど。言葉だけ聞いて意味がわからなくても、周りの大人の反応でなんとなく察するものはある。
想像通りならおそらく年下の女の子に対して振る話題じゃないどころか、対象年齢になるまでは「知っている」ことすら言ってはいけないことだ。もちろん、九歳だった陽葵はまるで知らないことだし、あのまま大きくなっても大っぴらに話したりしない。
なので、本来の自分と同じ性別とは言え、男の子って最低だなと少しの軽蔑も込めて、遠慮なくじとりとした視線を向けた。
「そんなものをしたいなんて大声で言わないでよ」
「正論!」
その通りだよね、という叫び声に合わせて、ぼこりと地面が盛り上がる。そのまま突き破るように飛び出してきた蔓を見て、私は慌てて犬紳士くんの腕を振りほどいて飛びのいた。
どうやら会話を続けるのが苦しくなったらしい。急にバトル展開にしないでほしい、と思いながら攻撃を避けて、私を追いかけてくる蔓を魔法で切り裂く。でもあんまり遠くまで逃げると、今度は観戦中の一般のみんなにぶつかってしまうので難しい。
ある程度離れたところで、私は再び魔導書を広げて、泥で大きな人形を作り出した。こちらへ伸びてくる蔓を人形に任せながら、私より年上のはずの彼に向って、まるでお姉さんになったみたいに声を張り上げる。
「というかそもそも、乗り気ならいいけど、人の大事な恋のお話を無理やり聞き出そうとしないの!」
「俺様ちゃんの心にときめきが足りてない世の中のが悪いなんです〜恋バナして♡って言われて恥ずかしがる姿もセットで見たいんです〜」
「もう、そんなに言うなら、えーっと、犬紳士くんの恥ずかしいお話をしながら町中を歩いてもらうよ!」
そんなの嫌でしょ、と諭すように言えば、彼はふと神妙な顔をして攻撃をやめる。
それから、たっぷり数秒。
「……社に持ち帰って企画検討してもいいか?」
「なんで乗り気なの……乗り気なら嫌だよ……」
真剣な顔で返された言葉に、ええ? と私の方が困惑する。だって、嫌なことを無理やりさせられるのは嫌でしょ、という意味で言ったのに。
そんな、やれというならやるぞとばかりに真剣に返事をされたら困る。まるで私がそういう意地悪をしたいみたいだ。やめてほしい。陽葵はそんな意地悪な子ではないのだ。
「はあ? なんでだよ、言った言葉には責任をとれよ! 俺様ちゃんに首輪着けて市中引き回しながら恥ずかしいことを言って回れって言ったのそっちだろ!?」
「そこまで言ってないよ! というかそんな認識なのに前向きに検討するの!?」
だというのに、犬紳士くんは何故か私の覚悟が足りないとばかりに食い下がってくる。
そんなに恥ずかしい意地悪がされたいのだろうか。さっきの対象年齢を破る悪いことといい、私が思っている以上に問題児なのかもしれない。
「さっきから魔法少女ちゃんに変な知識を植え付けるなー!」
「そうよ! 最低! いい加減にして!」
「さっきのは本当にごめんね!」
わあわあと再び一般の人たちと喧嘩を始めたのを見て、この隙に私が生み出した蔓で犬紳士くんを縛り上げる。なんかこれ以上はいろいろと良くない気がした。
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ごちゃ。