魔法少女は恋をしない

「……って。取り繕いたかったいろんなものを忘れて否定しちゃって、ひーちゃんらしくなかった〜って落ち込んでいるのが今のまきちゃんです」
「なるほどなあ」

姉さんの仕事場の部屋の隅で、うずくまったままディンのおなかを吸っている私を示して、姉さんはさらりとそう説明した。
その説明の通り、非常に落ち込んでいる。だって、陽葵ならあんな反応はしなかった。昔も意地悪な質問をしてきたり、変なことを聞いてくる人がいたけど、そのどれにも陽葵は笑って答えてたのだ。場合によっては適当に流したり、聞かれたくないことにははっきりとそう告げることはあったけれど、あんなふうに「いや」だとか、叫んだりだとかは絶対にしなかった。
嫌だと言うにしても、相手の迷惑になるから噂ばかり広めないでほしいとか、先輩と私じゃ全然釣り合わないよ〜とか、いろいろとやり方はあっただろうに。この五年間、決して常に彼女のふりを完璧にできていたわけではないけれど、クラスメイトや友達のびっくりした顔を思い出しては小さく呻く。

ディンは猫と変わらない小さい見た目の割に、とっても面倒見もよくて賢い竜だ。なので、私がこうやっておなかに顔を埋めて唸っても、邪険にはしないでくれる。いや、しなやかな尻尾がぺしんぺしんと机を叩いているので、たぶん、呆れてはいると思う。それでも私の好きにさせてくれるのだから、やっぱり彼は面倒見のいい竜だった。
風を愛する彼は、きっとまた日当たりのいい場所で風を浴びていたのだろう。お日様の匂いと動物特有のにおいが混じって、だんだんと気持ちが落ち着いていくような気がした。
まあ、そんな気持ちも、ここが姉さんの職場である以上、すぐにしぼんでしまうのだけれど。

「先輩って、あの噂の秋也ってやつっすか?」
「そうそう。お姫様抱っこソムリエ」
「たった一度、それぞれの姿でお姫様抱っこされただけで正体を看破した高校生だ」

聞こえてくる三人の会話に、またぐうと呻く。
用事があって遊びに来たと言う玲生れおさんは、ついでだからとパソコンに向かう姉さんと修さんに飲み物を出しながら、様子のおかしい私のことを問いかけているだけだから、まだいい。気になるのも当然だ。仕方ない。
でも姉さんの言い方も、仕事の部下でもある修さんの説明も、私を動揺させるためにわざと大げさに言っているからたちが悪い。その要望通りに私はじたばたと手足をばたつかせて呻きながら、ぎゅうぎゅうとディンを抱きしめる。さすがに苦しいのか、ぺしんと頭を尻尾で叩かれたのでおとなしく力を緩めるけれど、ざわついた気持ちはまったく落ち着く様子がなかった。

お姫様抱っこソムリエこと、陽葵とお付き合いしている疑惑のある高校生こと、優月秋也先輩は、私にとって非常にやりづらい相手である。
高校生で年上だからとか、表情筋が死んでて全然変わらない表情のせいとか、そのくせやたらと構いたがってくるからとか、向けられる好意への戸惑いとか、そんな程度の話ではない。私の秘密を、簡単に見抜いてしまうからだ。

たとえば、私がこの町を賑わせている魔法少女の正体であることとか。
たとえば、私が「絢瀬陽葵のふりをしている誰か」であることとか。

優月秋也先輩は、そんな誰にも知られるわけにはいかないような秘密まであっさりと見抜いてくるのだ。だから恐怖や警戒心を抱かずにいられない。いつも通り、陽葵らしく穏やかに相手をすることができない人、なのだ。

あの日。魔法少女の正体を看破された日。それは彼と初めて出会った日であり、その間に会話をしたのは、たった二回だけだった。
未だに理由は知らないけど、木に登っていた先輩が落ちそうになったのを、陽葵として助けた時。そして、悪の組織の事件に巻き込まれて、これまた高いところから足を踏み外して落ちそうになったのを、魔法少女として助けた時の、たった二回だけ。
どちらも確かに、お姫様抱っこの形で受け止めた。実際にはクッションになっただけ、とも言うけれど。このたった二回で、あの人は絢瀬陽葵がこの町の魔法少女だと見抜いた。「絢瀬陽葵という少女のふりをしているだけの男」としては、これで恐怖を覚えないわけがない。

ただ鋭いだけの人なら、姉さんたちと相談して対抗策を考えられた。でも立ち去ろうとする魔法少女の手を取って、「今日だけで二回も助けられたからお礼がしたい」と言い出して、翌日本当に中学校までお礼の品を届けに来るレベルの相手に作戦会議の時間なんてあるわけがない。
ただ優しいだけの人なら、普段通りやんわりと友達になるだけで済んだ。でも私に助けてもらったのは初めてじゃないからとかなんとか、できるならこれからの一生を捧げたいだの養子になってほしいだの、それ以降もやたらと構いに構ってくるものだから、やんわりとした態度を維持することができない。

こんなイレギュラーばかりされたら、当然ぼろがでる。
ここまでの五年間で身についた陽葵らしさからそこまで逸脱してはいないはずだけど、「らしくない」行動をしてしまうことが度々あった。今回の反射的な「やだ」もそうだろう。それを見て「陽葵ちゃんも心を開いている、懐いている」と思ってくれる人が多いことだけが救いだったけれど、先輩はそう思ってくれなかった。
陽葵のことなんて知らないくせに。周りからの評価との小さな差異と、何かを隠しているような振る舞い方とから「常に演じている」と推測し始めて。姉さんが「こわ〜」と言うほどに推測を重ねた後、ついに私が「絢瀬陽葵」本人ではなく、陽葵の友人である「姫野梢の弟だった姫野槙」だということにたどり着いてしまったのだから、本当に恐ろしい。
いや本当に、どうしてわかったのだろう。どうやってたどり着いてしまったのだろう。油断したら何もかも。何もかもが露呈してしまいそうで怖くなる。私が今まで必死に繋いできた「絢瀬陽葵」を壊されてしまいそうで、やりづらくて仕方ない。だから、好きとか嫌いではなく、やりづらい相手、だった。



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ごちゃ。