「でもオレもすごーく気になってたんだよな。お前、本命はいるの?」
結局手の甲を撫でてくる先輩の好きにさせていると、ふと天海先輩がそう問いかけた。もちろん、私ではなく、秋也先輩に。
秋也先輩はぱちりぱちりと瞬きをした後、こて、と首を傾げる。
「どうしてそんなことを聞くんだ」
「だあって、お前そうやってみんなのこと可愛い赤ちゃん扱いするからさ。それなのに今あの魔法少女ちゃんともフラグが立っててめっちゃ二次創作されてるし。まああれはお前とは関係ないみんなの妄想だけど、そしたら本人はって、気になるじゃん」
「にじそーさく」
「あれ、陽葵ちゃんはあんまり検索しない? 魔法少女ちゃんのファンアート」
珍しいね、と言われてとりあえず苦笑を返しておく。そういうものがあるのは知っているが、あまり自分で検索して見ないようにと姉さんに言われているのだ。
理由は誹謗中傷にぶつかるかもしれないし、いろんな捏造妄想のオンパレードだから変なショックを受けるかもしれないし、もしくは検索除けが甘い、本人が見るには少し刺激が強い作品が出てくるかもしれないから、とのこと。あくまでこれらはすべて、フィクションの非公式ファンアートであると、きちんと割り切れるようになるまではやめておいた方がいいと言われたのだ。
自分ならどう描かれても構わないけれど、あくまでこれは「陽葵の魔法少女」なので。ちょっとでも悪く書かれると怒ってしまいそうだから、姉さんの言う通り、たまに友達が可愛いんだよと見せてくるもの以外は見ないようにしているのだ。
もちろん私のそんな事情を知らない天海先輩は、すいすいと自分の端末を動かして、たとえば〜と何かを探している。たぶん、そのファンアートを見せてくれようとしているのだろう。
「中には魔法少女ちゃんと自分とか、悪の組織やらなにやらが恋人になった設定で描いてあるのとかいろいろあんだけど〜ほらこいつ顔めっちゃいいから。巻き込まれるようになったら一部で人気で」
その言葉に、やばい、と一瞬頬がひきつった。
これはおそらくカップリング系の話題だ。姉さんが言っていた、捏造妄想のオンパレードのうちの一つである。自分から見たことはないけど、姉さんがそれっぽい話を別の作品でしているのを聞いたことがあるのでなんとなくわかる。
そしてそれはものすごく見たくないやつだ。何せ昨日先輩と陽葵のカップリングでものすごくショックを受けたばかりなのである。知り合いの先輩が相手でもあんなに嫌だったのに、知らない相手とカップリングになっていたら耐えられない。
「睦月」
どう話題を避けよう。また嫌だと騒いでしまうのは絶対に避けたいし、理由を聞かれた時に使う言い訳も思いつかない。陽葵ならどう断る。どう切り抜ける。
冷や汗が垂れるのを感じながら必死に思考を動かしていると、たしなめるように先輩が天海先輩の名前を呼んだ。
たぶん、止めてくれようとしているのだろう。思わず縋るように見上げた先輩は、相変わらず無表情だった。
「だーいじょうぶだよ。ちゃんと健全なのしか見せないって」
「君の端末には恥ずかしいものしかないだろう」
「そんなわけないっての」
気にしすぎだろ、と先輩の言葉をさらりと交わした天海先輩が画面を向けてくるけれど、それが視界に入る前に、先輩の右手が私の目を覆う。どうやら物理的に見えないようにしてくれたようだ。そのことに、私はこっそりと胸を撫でおろした。
それにしても、片手で簡単に目隠しできるとか高校生は手が大きい。今だけは先輩がやたらと鋭くてよかったな、と力を抜けば、天海先輩の呆れたような声が聞こえた。
「まじで健全なのしか見せないってのに。それはさすがに過保護すぎない?」
「過保護なくらいがちょうどいいんだ。それより、お気に入りの姫野博士の写真を見せる方がいいんじゃないか」
「いやそれ趣旨と関係ないじゃん。見せるけど」
見せるんだ。そういえば天海先輩は姉さんのファンだったな、と思い出していると、大丈夫と判断したらしい先輩の手がそっと離れる。少しだけ眩しくてまばたきをすると、ほら、と見せてもらったのは姉さんの余所行き顔の写真だ。
普段はちょっとぐにゃぐにゃしているところの多い姉さんだけど、研究について取材を受ける時なんかは何重にも猫を被って「いつまでも若く愛らしい姿をした儚く可憐な天才美少女」を演じている。
修さん曰く、この方が周りのウケがよくて研究費が取れやすいとか、普段の態度はふざけすぎて怒られかねないからと、研究所のみんなで考えた余所行きの顔がこれなのだとか。
確かこれも、何かの取材を受けた時のもののはずだ。いつのものだったっけ。思い出すより先に天海先輩が説明を始めたので少し聞き流しながら適当に相槌を打っていると、秋也先輩が横から髪を触ってもいいかと聞いてきたのでどうぞと答える。基本的に断ることをしないのが陽葵だ。まあ、最初に頭を撫でたいと言われたときにはびっくりしてしまって、「髪の毛が乱れるので」と手を撫でることを提案してしまったけれど。あれは代わりの案があるから断っていない、でいいはず。
そもそも先輩はヘアアレンジだってお手の物だ。幼稚園の女の子にねだられて髪を結んであげているくらいだし、多少崩れたって直してもらえるので問題ないので、最近はあまり抵抗がない。
というか、こういう話、きちんと聞いてあげると思っていたから意外だ。何度も聞いてさすがに飽きているとか、友達にはやっぱり私とは違う顔や態度をするもの、ということだろうか。これが名誉長男の扱い、と苦笑していると、天海先輩が突然大きくため息を吐いた。
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ごちゃ。