「こうやってオレみたいに誰々のファンで〜とかも聞かないんだよなあ。好きな人とかいねえの?」
「別に、好きな人ならいるぞ」
「えっ」
髪を一束、編み込みながら、なんでもないことのように返されて、一瞬反応が遅れる。
好きな人ならいる。
好きな人。
あれ、そうなんだ。なんか意外。え、本当に? 何度か言葉を脳内で繰り返しては、何か納得するような、変に拍子抜けしたような、あれ、と何かが引っかかるような。ちょっとおもしろくないような、裏切られたような。再び言葉にしにくいもやもやとした何かが広がって、ひたすら私の髪を編む先輩を見上げる。
先輩と目が合うより先に、天海先輩ががっしりと先輩の肩を掴んだ。思ったよりも力が強かったのか私にまで衝撃が伝わって小さく声を漏らすけれど、ごめんね! と一言元気に謝って、すぐに秋也先輩へと向き直った。
「えっ聞いてない、えっ本当に?」
「ああ」
「誰!?」
「恥ずかしい」
「相変わらず恥ずかしいって顔じゃないな!」
無表情のまま淡々と答える先輩に、天海先輩は頭を抱えて騒ぎ出す。もっと早く言えとか詳しくちゃんと話せとか、怒っているようで楽しそうな顔をしているので、きっと恋愛の話をするのが好きなのだ。
でもそっか。そう。私はその相手が誰とか、そんなことよりも別のことが気になるというか、なんというか。
「先輩って、私よりも好きな人がいたんですね」
そりゃそうか。先輩はあくまで私のこと、「一生をかけて返したい恩がある人」と思っているだけで。「ついでに趣味として甘やかしている」だけなのだ。この恩とやらが何なのかは知らないけど、その行先はたぶん、「俺」じゃなくて陽葵本人に対してだとは思うから、きっと「私」が「俺」のままだったらこんなに仲良くしてくれなかっただろう。こうやっていろいろと構ってもらえるのも、中身は違うみたいだけど間違いなく恩人でさらに年下の女の子だから、というのが理由の大部分だろうし。
だから、私が先輩の一番じゃないなんて、当然、なんだけれど。いつもものすごく甘やかされて構われているからだろうか。一番が私じゃないと聞いて、少しがっかりしてしまった気がする。
なんかこの話題自体得意じゃないかもな、と思っていると、ふと、天海先輩がぽかんとした顔で私を見ていることに気付いた。ぽかん、とはしていないけれど、秋也先輩も私を見ている。なんとなく目も丸くなっているかもしれない。
なんですか、と聞こうとして、んん? と首を傾げる。あれ、今、私は何を言っただろう。何かとっても、誤解を招くような言い回しをしたような。
「なんでもないです!」
かあっと一気に顔が熱くなって、慌ててそう叫ぶ。
でももう遅い。なんだか微笑ましいものを見るように表情を緩めた天海先輩と、表情こそ変わらないけれどどこか嬉しそうに頬を染めた秋也先輩が、わっと私に近付いてぐしゃぐしゃと頭を撫でてきた。
「大丈夫だ、可愛い可愛い大好きな末っ子は君だよ」
「そんなフォローいりません!」
「あー可愛いおー可愛い。まじで末っ子ちゃんじゃん。秋也が構い倒すのもわかるよなあ」
「陽葵は可愛いけどそうじゃないです!」
「自己肯定感高いなあ!」
「絢瀬、抱っこしてもいいか」
「だめ!」
双方から頭を撫でられて、ぽんぽんと背中を叩かれる。普段からだめって言っていなかったら、今頃ぎゅうぎゅうと抱きしめられていたことだろう。女子中学生を二人がかりで抱き込む男子高校生というのは、あんまりよろしくない気がするので実現しなくて本当に良かった。というか私が普通に嫌だな、恥ずかしい。
可愛い可愛いと微笑ましく頭を撫で続けてくる二人に、けれど無理に突き放すことなんて陽葵はしないからと。私は逃げ出したい衝動を必死にこらえた。
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ごちゃ。