魔法少女は恋をしない

ふわり。手を振ればどこからともなく現れる魔導書の周りを、ひらひらと蝶が舞う。綺麗な青を纏うそれは、魔法を使う時にいつも現れるものだ。ディン曰く、竜の強い力を感じるので、この魔導書を通じてどこかの竜から力を借りることで魔法を使っているのかも、とのことだ。
私は魔法少女の本来の目的も、魔法少女になった経緯も、魔法少女という存在が持つ意味も、未だに知らないから。かつて九歳の男の子だった私が知っているのは「小さな竜の事件を解決する魔法少女」の噂だけで、今だって、すべてを知っている絢瀬陽葵がいないから、知りようがないから。どれもこれも、推測のままだけれど。
その竜に会えたら、陽葵に体を返せるのだろうか。
絢瀬陽葵は、帰ってきてくれるのだろうか。
蝶がゆらゆらと光りながら私の周りを飛んでは、私の姿を変えていく。髪の毛が伸びて、少しだけ身長も伸びて、体付きも変わって。なんとなくの面影はあるけれど、顔出ししたって誰も陽葵が魔法少女だとはわからないような別人に変身する。
その場で作った水鏡できちんと変身できたことを確認して、くるりと回ってはスカートを翻して。それから、それから。

「好きな人かあ」

思わず零れた声はどこか不機嫌に響いて、私はまた少し顔をしかめる。
思わず、だった。別に言葉にするつもりも、考えているつもりもないことだった。それなのに勝手に口から零れ出て、勝手に連想して、秋也先輩と陽葵が並んでいるところを想像して、また意味のわからない衝動にううううと唸る。
まったくもって意味のない行動である。少なくとも、魔法少女には何も関係がないのに。先輩との噂を聞いて、先輩に好きな人がいると聞いて、もう三日は経ったのに。私の気持ちは未だに整理できなくて、こんな、拗ねたようなことを零してしまう。
先輩に陽葵を取られるのは嫌。これはわかる。だって陽葵は私の特別な人だ。彼女に絶対にこの体を返すと決めているし、その時に彼女が困らないように、なるべく陽葵らしく振る舞うようにしている。
でもきっと、恋人とかにはなれない。体を返す時はお別れになるのか、それとも姉さんがどこかと協力して作っているらしいロボットとかに意識を移せるのかはわからないけど。きっともう、同じ生き物にはなれない。だからいつか私以外の大切な人と幸せになってほしいって、思う。
でもその隣にいるのが先輩なのはものすごく嫌だ。先輩がいい人なのはわかっているのに、どうしてかものすごく嫌だ。何故だろう。陽葵以外を想像すればがっかりする程度で済むのに、二人が並ぶとものすごーくもやもやする。何故だ。何が違うのだ。最近はずっとそればかりを考えてしまって、いろんなことが手につかない。

「うー、だめだめ、今からはお仕事! 陽葵は引きずったりしないし、魔法少女は笑顔笑顔!」

ぺしぺしと両頬を叩いて、にこーっと笑顔を作ってみせる。可愛い笑い方も、みんなに喜ばれる振る舞いも、もう完璧だ。陽葵はもちろん魔法少女はとても可愛いし、可愛い仕草も姉さんを参考にしているから、可愛くて当然なんだけど。
私は数度深呼吸をして、再び魔道具を開く。集まってきた蝶がぱらりぱらりとページをめくって、少しだけ体が軽くなる。気持ちを切り替えるように、ぐっ、と足に力を込めて踏み出せば、そのまま高く跳び上がった。



prevUnext
ごちゃ。