魔法少女と悪の組織は、もはやこの町の名物である。
竜胆島の一画。本土に続く橋もあるこの東区を舞台に突然現れたご当地マスコットキャラクターたちが定期的に開催するヒーローショーのようなもの。
知名度だけなら島全体に存在は広まっているから、結構気軽にファンアートやコスプレをして楽しむ人もいるのに、詳しい背景や事情は誰も知らない。魔法なんてものも、小さな竜がいるせいでそんなに違和感なく呑み込めてしまうこともあって、何も知らないけれど頭を空っぽにして楽しむことのできる、丁度いい娯楽だった。
私だって、魔法少女の事情も、悪の組織の事情もほとんど知らない。一般の人より知っていることがあるとすれば、私は陽葵を探していて、悪の組織は以前に魔法少女と関わっていたらしい「誰か」を探しているということ、だろう。
それでもこれは「五年前からささやかれている小さな竜の事件を解決する魔法少女の噂」をベースに始まったのだから、これも立派に陽葵のものだ。だからいつか、この体を彼女に返した時に、彼女が誇れるものでなくてはならない。
この町の誰にとっても。竜にとっても。悪の組織にとっても。探している「誰か」たちにとっても。魔法少女は夢と希望で溢れた存在でなくてはいけないのだ。
魔法少女と悪の組織の「誰か」は、みんなが忘れた災厄の日に、どこかへ姿を消してしまった。
自分が陽葵の体を乗っ取ってしまっていることに気付いた日に、あの人をどこにやったの、と魔法少女を糾弾した悪の組織の少女がいたから、私たちはお互いの存在を知った。
もちろん、私の事情を向こうには伝えていない。出会いも目的も結末も誰にも教えないままどこかに消えてしまった彼らのことを探しているのはお互い一緒だ、ということを知っているのは、私と姉さんとディンと修さんだけだ。
そして、きっと。この答えを知っているのは、この魔導書とつながっているはずの竜なのだろうと。この魔導書の研究のためにも、竜や陽葵のことを探すためにも、彼らが本当に「悪」の組織になってしまわないためにも。きっと私たちのヒーローショーのような茶番劇は、必要なことのはずだと、誰に言われるまでもなく、私たちはそう信じていて。だから今日も、魔法少女と悪の組織は顔を合わせるのだ。
「やっほー、魔法少女ちゃん。ちょっと久しぶりだね」
ここにおいでよ、とわざわざ姉さんの研究所に届いたメッセージに記載された場所。SNSで盛り上がっているのが確認できた場所。誘い出された目的の場所に降り立てば、軽やかな声が落ちてくる。素直にそちらへ目をやれば、犬耳のついたシルクハットを被って、顔の左半分を濃いベールで隠した男の人がひらりと手を振っているのが見えた。
いったいどこから持ってきたのか。大きくて太い蔓が巻き付いて浮いた大きな椅子に足を組んで座っている彼は、「悪の組織」の一人だ。にやにやと軽薄な笑みを浮かべる彼が私を認識したことで、周囲からわあっと歓声が聞こえてくる。
魔法少女だ、待ってました、とあちこちから聞こえてくる声は、いつまで経っても照れくささが抜けないけれど。何やら太いツタのようなものでぐるぐる巻きになっているのにのんきに歓声を上げる一般の人たちに笑顔を向けてから、私はあれ、と首を傾げた。
「あれ、今日は犬紳士くん一人? ウサちゃんじゃないんだ」
「なに、俺様ちゃん一人じゃ不満?」
「ううん、久しぶりに会えて嬉しいよ」
悪の組織のメンバーは一人ではないけれど、「ウサちゃん」と呼ばれる女の人が相手をしてくれることがほとんどだから、意外に思ってしまった。素直にそう言えば、犬耳の帽子を被る彼、通称「犬紳士」くんは、ふーん、とつまらなさそうに頬杖をついた。
二人の名前の由来は簡単で単純。私みたいに変身できない代わりに顔を隠すためと言って着けているベールを、何故かうさ耳のついたカチューシャやら犬耳のついたシルクハットやらで留めているから。
それを見て、勝手に周りの人がそう呼び始めた。ただそれだけ。基本的に魔法少女が呼び名を解禁していないせいか、彼らも明確な名乗りはあげていない。でも彼らは複数人存在する組織のため、便宜上の名前を外見から取っているのである。
ウサちゃんも最初は、バニーちゃんとかクイーンバニー呼ばれていたのだけれど、本人がお気に召さなかったので、ウサちゃん。結果的に二人ともメルヘン可愛い呼び方になってしまっている気がするけれど、本人たちはその名前の動物にちなんだグッズとか公式に売り出しているので、まあ問題はないのだろう。
というか、魔法少女の権利関係を姉さんの研究所が握ったのを見て、自分たちで会社を起ち上げてグッズ販売とか始めるのだから、結構ノリノリである。
「確かに、俺様ちゃんはレアキャラなんだけどぉ。残念ながらどーしても出撃したくなっちゃったので、俺様ちゃんが来ることになったんだ。どうせならもっと喜んでくれていいよ」
これはそのまま、もっと自分に会えたことを喜んでくれという注文だろう。そういうキャラ付けなのか、素なのかはわからないが、私よりも年上のはずなのに彼はどこか子供っぽくてわがままだった。
「さて……覚えているかい、魔法少女ちゃん。俺様ちゃん達にはそれぞれ、特別な力があることを」
「もちろん。それを使って君たちが誰かを傷付けないように、私はここに来たんだから」
ふと、楽しそうに目を細めた彼に、私は力強くうなずく。魔法を使う魔法少女に対して、悪の組織なんて名乗っているのだ。悪らしいことなんて、現在進行形で一般人をなんとなーく拘束していることくらいだけど、まあそんな細かいことは誰も気にしていないので私も気にしない。
大事なのは、彼らは私たちと同じ姿をしているけれど、小さな竜と同じように不思議な力を持っている、ということだ。
この島の自然の力を借りて、私が魔導書を通して使える魔法と同じようなことができる。困るのは、これまた小さな竜と同じように力が貯まりすぎると暴発してしまうということだ。だからその力が他の誰かを傷付けたりする前に、力の発散も兼ねて、こうして魔法少女に対峙しているのである。
ちらりと、彼が座っている椅子を持ち上げている大きな蔓を見る。
先ほど歓声をくれた人たちのほとんどはもう少し離れたところで見守っているけれど、この人たちは人質ごっこ、とか言って巻き付かれたのだろう。当たり前のように先輩も混ざっているけれど、それは気付かなかったことにするけれど、この人質を絡めとりながら椅子を支えているそれが、彼の力だ。
今そうしている通りに草木を操ったり、土や岩の形を変えるような力が使える。きっと、ゲームなんかで例えるなら地面とか草のタイプだろう。
それから確か、そう。軽い催眠みたいなことが使えたはず。何かするつもりなのだろうかと身構えれば、彼はぱんっと大きな音をたてて両手を叩いた。
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ごちゃ。