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出会いは突然に


「ふざけるのも大概にしなさいよ!」
 その神室町に響く大きな声を、谷村正義は聞いた。極道であふれる神室町。怒号や悲鳴など日常茶飯事で普段なら気にも留めないことが多い。だが、今回は違った。声のした先。その先に見知った顔があったからだ。
「メイファ?」
 谷村がよく顔を出す亜細亜街の中華料理店、故郷にいる少女、メイファ。谷村をマーちゃんと呼ぶなど、よく慕ってくれている。その少女が声のした先にいた。正確にはその声を発した女性の後ろに、だ。その声の主は、スーツを着た女性だった。黒髪を高く結っており、怒りの表情で不良の前に立ちはだかっていた。
「この子に絡むのはやめなさいって言ってるの!嫌がってるでしょ!見てわかんないの!?」
その女性はメイファを守るように不良に向かって声を張っている。そうやら不良に絡まれたメイファを助けているようだった。
通常なら気にも留めないことだが、メイファが絡んでいるなら仕方がない、とふぅとため息をつき声のする方へ向かった。
「うるせぇこのアマ!痛い目みねぇとわかんねぇみてぇだな!」
「何よ!ちょっと凄まれたくらいじゃ引かないんだからね!」
「このアマ…!」
 と、不良が女性に向かって拳を振り上げた瞬間。
「はいはい、そこまで。これ以上はしょっぴくよ」
その拳をつかみ取り、谷村が間に入った。不良は谷村を見るなり声を荒げ、
「あぁん?サツかよ!邪魔すんじゃねぇ!」
 不良は谷村に向かって拳を振るうが、谷村はそれを避け、拳をつかみ背後で抑え込んだ。
「いってぇ…!」
「ホントにしょっ引かれたいの?杉内さんにこっぴどく怒鳴られたいなら止めないけどな」
「くっそ…わかったから離せよ!」
じたばたと暴れる不良の腕をさらに締め上げ、
「もう手を出さないって誓えるな?」
「ち、誓う!誓うから離してくれ!」
 先ほどとは違い情けなく声を出す不良の腕を離せばそそくさと逃げていった。「くそっ、覚えとけよ」などと捨て台詞をはいていたが聞かなかったことにしておく。
 谷村はメイファの方を向き、
「大丈夫かメイファ。亜細亜街から出てくるなんて珍しいな」
「うん、大丈夫だよマーちゃん。ちょっとお使いを頼まれてたところを絡まれちゃって…。でもこの人に助けてもらったの」
 そう言われ、女性の方を見る。紺色のスーツを着た、黒髪の女性だった。可愛らしい、整った顔立ちで、どこか気の強さを秘めているような雰囲気だった。
「悪いね、この子が世話になったみたいで」
 谷村がそう言うと、女性はぶんぶんと手と首を振り、
「いえいえいえ!大したことはしてませんよ!その子が絡まれてるのをほっとけなかっただけですから!」
「でも私だけじゃどうにもできなかったと思う。ほんとに助かったんだよ」
 メイファの言葉に、谷村は肩をなでおろす。メイファに何もなかったことに安堵した。それと同時にちらりと女性を見る。神室町に精通している谷村だが、見たことのない女性だった。谷村にとってはどうでもいいことだが。
「どうも。礼を言っときます。それじゃあ」
 メイファの腕を取り、さっさとこの場を去ろうとする谷村。
「待って待ってよマーちゃん!」
 慌てて谷村を止めるメイファ。
「何だよ」
「せっかく助けてもらったのにお礼も何もしないのは失礼だよマーちゃん!故郷に招待しようよ!」
 メイファのの言葉に谷村は眉を顰め、
「だめだ」
「何で!」
「あそこは外の人間を軽々しく連れて行っていい場所じゃないだろ」
「でも…」
二人の様子に女性は困ったように笑いながら、
「大丈夫です。私のことは気にしないでください。それじゃあ」
 そう言い、女性はその場を離れようとした。メイファはそんな女性の服の袖を引き、谷村を見つめる。
「マーちゃん…」
 じっと見つめてくるメイファに根負けし、はぁ、とため息をついた。
「わかったよ…」



********************



名前はキョロキョロと店の中を見回した。素朴な店内。亜細亜街の中は一度も入ったことがなく、この店にも始めてやって来た。そのためとても物珍しかった。きょろきょろと見回した後、ちらりと目の前に座っている男を見た。話を聞いていた限り警官のようだが、着崩した制服や態度から、あまり素行のよい警官ではなさそうだった。神室町には精通しているつもりの名前だが、見たことのない警官だった。
「あんまりジロジロ見ないでくれます?」
 見ていたのがバレたらしい、じろりと見てきた。
「いや、あの、あんまり見たことがない警官さんだなと思って」
「俺もあなたのこと見たことないですよ。お互い様ですね」
「ははは…あ、あの、私名前って言います。あなたは?」
「苗字を言わないような人間に名乗るような名前はないですよ」
 う、と思わず黙ってしまう名前。
「もうマーちゃん、そんな態度じゃダメでしょ」
 お茶をもってやってきたメイファにたしなめられ谷村はため息をつく。
「マーちゃん、名前くらいちゃんと言わなきゃ」
「はいはいわかったよ。谷村正義、これでいいだろ」
「もうマーちゃんたら…はい、どうぞ」
 と、お茶を差し出される。
「あ、ありがとう…二人は仲いいんだね」
「マーちゃんは私たちによくしてくれるの。すごく優しいんだよ。この前だって…」
「メイファ」
 谷村はメイファの言葉を遮る。
「余計なことは言わなくていい」
 ぶっきらぼうに言い放つ。その様子に名前はわたわたとし、
「あ、あの、私に使わなくて大丈夫です!お茶飲んだらもう出ていくんで!」
 と言い、ぐびっと一気にお茶を飲み干し、立ち上がった。
「お茶ありがとうございました!それじゃ!」
 店の扉をがらっとあけ、外に出る。が。
「…外への出方わかるんですか?」
 亜細亜街の中。入り組んだ構造をしていて簡単には外に出る方法がわからない。現にここに来るのも谷村とメイファに連れてこられたから来れたのだ。一人で迷わずに出ていける自信はない。
「うっ…」
「まぁ止めませんけど。出ていくならどうぞ」
「もうマーちゃん!」
メイファが谷村を窘める。
「マーちゃん、送って行ってあげて。ちゃんと外までね!」
 その言葉に谷村はため息をつき、
「はぁ…わかったよ」
 しぶしぶ立ち上がり、店の外に出る。
「何してるんです?帰るんでしょう、置いて行きますよ?」
「あ、は、はい!」
 歩き出した谷村の後を慌てて追う。
「また来てね!」
「う、うん!またね!」
 メイファに手を振り返し、名前は谷村の背を追った。



********************



「…」
無言。
「…」
 無言。無言。何の会話もなく亜細亜街を歩いていて、さすがに名前も居心地が悪かった。ちらりと谷村を見るが、こちらを見向きもせずに歩いている。この居心地の悪さを打開しようと谷村に話しかけた。
「あ、あの谷村さん」
「…なんです?」
 話しかけてもこちらを見向きもしない。淡々と歩いている。
「た、谷村さんてあのお店によく行くんですか?」
「…まぁ、そこそこです。何でですか?」
「いや、あの、亜細亜街って入ったことなかったので。日本人の方が入るのは珍しいなぁって思って」
 名前がそう言うと、谷村はちらりと名前を見た。
「普通入りませんからね。まぁ俺のことはいいとして名前さんは何をしているんです?」
 谷村のその言葉にう、と言葉を詰まらせ、
「えーっと…まぁあれです。事務、事務をやってます」
 名前には少々職業を正直に言えない事情があった。相手が警官ならなおさらである。そんな様子の名前に何を思ったのか、谷村は目線を戻し、
「…まぁOLってやつですね。そういうことにしておきます」
 そう言うと谷村はぴたりと立ち止まり、
「亜細亜街の外に出ましたよ。ここまで来たらもう一人で行けるでしょう?」
 薄暗い路地に光がさしている。確かに亜細亜街の外に出たようだった。
「あ、ありがとうございます」
 谷村の先に歩み出て、亜細亜街の外に出た。いつも通りの神室町の喧騒が広がっていた。
「谷村さん、ありがとうございました!」
 そう言って谷村の方を振り向けばすでに谷村はひらひら、とこちらに手だけを振って亜細亜街の中へ入って行っていた。一人、残された名前はふぅ、と息をつき自宅へと戻っていった。



********************



「あ」
「あ」
 お互いに指をさし合った。桐生に連れられて、ニューセレナにやってきた見覚えのある女性。スーツを着た、黒髪の、名前であった。
「谷村さん!」
「あー、名前さん、でしたっけ?あんた桐生さんの知り合いだったんですね」
「知り合いというか、なんというか…」
 ちらりと名前が桐生を見る。桐生はふっと笑いながら、
「お前ら、知り合いだったのか」
 まぁ座れ、と名前をカウンターへと促す。
「名前、知っているかと思うが、こっちは谷村。今回の事件で知り合った刑事だ」
「あっ、はい…」
 名前はちらりちらりと谷村を見ながら、苦笑した。
「で、谷村、お前も知ってるかと思うが、こっちは名前」
「えぇ、お二人は長いんですか?」
そう谷村が問うと、桐生と名前は苦笑し、
「名前がガキの頃から知ってる。谷村、お前、名前の素性知らないのか?」
「素性?事務をやっているとしか聞いてないですね」
「そうか…まぁ、中々言い出せるもんじゃあないしな」
桐生は名前を見て、
「こいつは堂島名前。東城会六代目堂島大吾の妹だ」
 そう言われ、ぽかん、と。気の強そうな雰囲気はあったがまさかあの堂島大吾の妹とは。予想外の言葉が出て、あっけにとられていた谷村に、
「ごめんなさい、隠すつもりはなかったんですけど…」
 と、名前は申し訳なさそうに言った。
「いえ、別にその…かまいませんけど…」
 そう言って改めて名前の顔を見る。堂島大吾の顔をまじまじまと見たことはないが、確かに目元が似ている気がする。
「あ、あの、ごめんなさい、あまり見ないで…」
「あ、あぁ、すみません」
 ジロジロと見ているのが居心地が悪かったのか、名前は俯いた。
 そんな様子の二人に、桐生はふっと笑い、
「まぁ、知り合いなら大丈夫だろ。俺は煙草を吸ってくるから、二人で話でもしてろ」
 と、谷村と名前を残して一人屋上へと向かっていった。
残された二人の間に沈黙が走る。何を話したものかと谷村が思案していると、徐に名前が、
「…ごめんなさい、黙っていて気を悪くしましたよね…?」
「え?」
「だって、ヤクザの大親分の妹なんて中々人に言えなくて…警察の人ならなおさらだし…」
 あぁ、そのことか、と息をつく。
「別に気にしてませんよ。そっちにも色々事情もあるでしょうし。俺だって言ってないことたくさんありますしね」
「…ごめんなさい」
 謝る名前に谷村は苦笑し、
「さっきから謝ってばっかりですよ」
「ご、ごめんなさい」
 そう言いながら謝る名前に、さらに笑いがこぼれる。
「言ったそばから、ほら」
「…ふふっ」
その谷村の笑いにつられる様に、名前も笑った。彼女がちゃんと笑った顔は、初めて見た気がする。

…可愛い

 むくっと、そんな感情が芽生える。あまり異性に関心を持たない谷村には、珍しい感情だった。桐生さんの知り合いで、堂島大吾の妹。関心を持つには十分だった。
「名前さんは事務って言ってましたけど、もしかして…」
「はい、東城会で事務をしてます。少しでも兄の手伝いができればと思って…」
「へぇ…」
 もっと相手のことが知りたい。この感情は谷村にとって、とても珍しいことだった。普段異性はおろか、他人に関心を持たない谷村が、ここまで関心を持つということは、メイファを助けてくれたことを抜きにしても、よっぽど彼女を好意的に思っているのだろう。事件を通して、谷村自身があの時から変わっていたということもあるかもしれないが。
「ねぇ名前さん、今度二人でご飯でも行きませんか?メイファを助けてくれたお礼もちゃんとしてないですし」
「え、でもあの時お茶もらったし…」
「あの程度、礼になりませんよ。ちゃんと礼をさせてください。名前さんとも仲良くなりたいですし」
 谷村の言葉に名前はかぁっと頬を赤くする。名前の初心な反応に気をよくした谷村はずいっと顔を近づけ、
「俺のこと嫌いですか?」
「そ、そんなことないです…でも谷村さん、前と態度違う…」
「そうですか?そんなつもりないですけどね」
 態度が違うのは自覚があるが、あの時とは彼女への関心度が違うのだから違うのは当然である。
「俺が態度違うと何か困ることありますか?」
「困るっていうか…その、顔近いです、近い」
 わたわたと顔をさらに赤くして、離れようとする名前の手に触れた。
「た、谷村さん?」
「名前さん…俺と」
「そこまでだ谷村」
 そこまで言って、桐生がグイっと谷村の首根っこをつかみ後ろに引いた。
「あれ、桐生さん、お早いお帰りで」
 へらっと桐生に笑いかければ桐生ははぁ、とため息をつき、
「谷村…まったく、油断も隙も無いなお前も…あんまり名前をからかうな」
「からかってませんよ。俺は結構本気です」
「なおさら悪ぃ」
 桐生は谷村と名前の間に遮るように座る。
「お前に名前に手を出されたら大吾に申し訳が立たねぇだろ」
 呆れたように谷村に釘を刺す桐生。谷村はにやっと笑いながら
「いやいや、俺は悪い物件じゃないですよ。金にも困らないし」
「ギャンブルの金だろ」
「麻雀ですよ」
「なおさら悪ぃ」
 桐生は谷村を見て、
「あんまり気軽に手を出すなよ。立場ってもんがあるんだからな」
 桐生の言葉も横目に谷村は名前を見て、
「名前さん、さっきの考えといてくださいね。俺はいつでもいいんで」
「聞いてんのかお前」
「あ、はい」
「名前も返事をするな」
 呆れる桐生を尻目に、これからのことを考えて、笑う谷村。

面白いことになりそうだ。

笑う谷村と、頬を染める名前。二人の話は始まったばかりだった。

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