11:あなたが眩しい



 黒子が不意にあ、と声を上げた。
 ブレザーを片手に公園に背を向けて歩きはじめていた黄瀬は、なんとなく振り返る。
 まだ何かあるのかとこめかみをひくつかせた火神に首を振って、黒子はコートの方を指さした。
「水谷さんが居ます」
「水谷?」
 誰だとばかりに片眉を歪めた火神と、黄瀬の反応は正反対だった。
「え?!」
 黄瀬の脳裏で、誰より澄んだ黒い瞳が振り返る。
 黄瀬は公園へと駆け戻った。黒子がほら、とコートの方を見た。黄瀬は彼もいつの間にかボールの音がしていたバスケコートへと目を向ける。
 黒髪が踊った。
 丁寧なフォームで優乃が放ったボールは、一度リングにぶつかってからネットの中に落ちていった。スカートの裾がふわっと揺れる。降り注ぐ茜の光の中、その横顔はとても嬉しそうだった。
 息の仕方が急にわからなくなった。
 柔らかな笑顔だけが、そこにあった。中学のときからもうずっとそうだ。
「……誰?」
「帝光時代に僕らの部活のマネージャーだった方です」
「ふーん。けど何でココにいんだ?」
「この近くに進学したんでしょうか? ……すごく、久しぶりに会いました」
 黒子と火神の会話も、車が脇の道を通っていく音も、全てが遠い。
 優乃の一挙手一投足は、とても丁寧だった。一つの動作、一つの表情、その全てからバスケに対する真摯な姿勢と好きの気持ちとが溢れていた。少し距離があるのに、濡れた夜空のような瞳が煌めいているのがはっきりとわかった。
 彼女が再び見せた満面の笑顔を真っ直ぐに見て、黄瀬はぎゅうっと心臓を鷲掴まれた。訳も分からず泣きそうなのに、胸は多幸感で溢れている。
「……アレ、制服のスカートのままやってて大丈夫か?」
 直後に聞こえた火神の言葉は、釘付けになっていた黄瀬の背を思い切り押した。
 突然コートの入口へ駆けだす黄瀬の背を、火神のあっおい、という声が追いかける。黄瀬は彼らを振り返った。
「オレが行くから!」
 丁度そのすぐ後を誠凛の女生徒監督の「あっいたー!」という声が追ったが、黄瀬にはもう聞こえていなかった。

「あっ」
 手が汗で滑った。優乃が出したパスは、あらぬ方向へと飛んでいく。
「わ、ごめんなさい!」
 謝ってボールを取りに行こうと振り返った優乃は、そのボールが大きな手の中に吸い込まれていくのを見た。
 長い腕が伸びて、ボールが軽く放られる。リングに触れることなくネットを揺らしたボールは、コートで数回弾んで転がった。
「優乃っちからパス貰ったの、初めてだ」
 目を丸くする優乃の前で、黄瀬は微笑んだ。
「あ、さっきの!」
 男子の一人が声を上げた。
「ありがとうございました!」
「いえいえ。それよりも」
 黄瀬は優乃へと歩み寄った。黒の大きな瞳が、きょとんと黄瀬を見ている。
「優乃っち、そろそろ帰らないと」
 男子生徒たち三人は目を瞬いた。黄瀬と優乃とを見比べる。少しあって、彼らは何かに気づいたような顔になった。
「わーすみません!」
「へ?」
 黄瀬は一瞬遅れて彼らが謝った理由に辿り着いた。
「……あ、ええ!? いや、違うっスよそうじゃないっス」
 けどちょっと嬉しいかも。心の中でそっと呟いて、黄瀬は優乃を見やった。
 優乃は現在の時刻を確認して驚いていた。上を向いた長い睫毛がしきりに瞬きする。いつからだろう。彼女の仕草や表情の一つ一つが、可愛くて堪らなかった。
「こんな時間だったんだ……」
「ね。オレも帰るし一緒に帰ろ。駅の方だから」
「うん」
 素直に頷いた優乃の頭へ手を伸ばしたい衝動を、黄瀬はなんとか抑えた。
「ありがとう」
 円らな瞳が黄瀬を見上げて微笑みかける。
 夕日色に染まった彼女が見せる真正面からの笑顔は、とても可愛かった。


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愛しくなる衝動