19:過去にすがるように泣いたのはあの日のあなたをまだ愛しいと思っているから



 帝光にいるときからずっと、欲しいものがあった。
 欲しくて、欲しくてたまらなくて、たった一粒の雫を求めて広大な砂漠をさまよった。
 帝光での三年間は、見渡す限り砂の海だった。歩けば歩くほど砂に足を取られて、体は沈んで動かなくなった。

 リノリウムの床を早足で歩く。廊下に反響する自分の足音が聞こえる。他校の選手とすれ違って、橙のジャージが大きく翻った。
 一度でも立ち止まれば、恐らく足が竦んでしまう。
 優乃は恐怖を抱いていた。
 緑間は誠凛に注目している。高尾も興味が出てきたと言っていた。三年生の先輩にとっては、最後のインターハイへの切符を手にするための大一番だ。
 優乃の右手の甲には、打ち合わせた固い拳の感触がくっきりと残っていた。
 今、優乃の目の前には水があった。しかしそれはいつ零れてなくなってもおかしくないものだった。
 一つ深く息を吐いて、優乃は鈍く銀に光るドアノブに手を掛けた。
「お」
 真っ先に声を上げたのは、視野の広い高尾だった。こちらを見てくいと口角を吊り上げた高尾を筆頭に、王者然とした雰囲気を醸す彼らへ優乃は笑みを浮かべた。
 上手く笑えているかはわからない。しかし笑顔で言いたかった。
「決勝進出、おめでとうございます」
 相手が例え中堅校であっても、喜ばしく誇らしい結果だ。優乃の言葉に、宮地と木村がそれぞれ余裕のある表情で応えた。
「おう」
「ありがとな」
 大坪も表情を少し和らげつつ、優乃に言った。
「マッサージを頼む、マネージャー」
「はい」
 優乃は表情を引き締めて頷いた。一層震えがひどくなる手のひらを後ろ手に隠す。

 優乃の顔色がすこぶる悪い。
 緊張のためか朝から少し優れなかったが、正邦対誠凛の偵察から帰ってきて、異常に血の気が引いていた。
 体調が悪いというわけではなさそうだ。しかし彼の第六感は告げている。体調が悪いよりも、余程悪い状況だってあるのだ。そして彼は、己の第六感がよく当たることを自覚していた。
 主将に誠凛の今日のコンディション等の偵察結果を報告して、優乃が控え室から出ていった。後を追おうと立ち上がりかけた彼の広い視界は、静かに立ち上がるチームメイトをとらえた。
 緑の瞳は、真っ直ぐに控え室のドアを見ていた。
 ここは一つ、元チームメイトに任せるか。
 灰色がかった吊り目は少し笑って、閉まるドアの先を見据えた。


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愛しくなる衝動