24:ひさしい呼吸



 各々練習中ではあったが、全部員の前で優乃に大坪の雷が落ちた。
 何度も顔を伏せたくなる気持ちを抑えて、優乃は大坪の厳しい視線を真正面から受け止める。
 例え試合に負けてどんな精神状態だったにせよ、優乃は団体に所属しているのだ。少し単独行動を取るくらいならばまだ良いが、それに関して連絡をせず、連絡しても返答がないというのは、言語道断だった。
 大坪の言っていることは全て真っ当だ。そして怒られずに一言「もう来るな」と突き放すより、よほど優しい。少なくとも帝光ならば、戦力でもない優乃は即座に退部だ。
(退部、かなあ……)
 唇を小さく噛む。
「主将」
 低くて綺麗な声が、大坪の声を遮った。優乃はびっくりして声の方を向いた。
 大坪は怒気を含んだ表情のまま、声をかけた彼へ目をやった。
「今取り込み中だ、緑間」
「昨日連絡をしなかったのは、オレも同じです」
 大坪の言葉から間髪を入れず、緑間は言った。
「別行動を取ると連絡したのは高尾です。別にされたいわけではありませんが、オレは水谷と同じ叱責を受けてません」
 優乃は目を丸くした。
 緑間は決して、優乃の方を見なかった。
 大坪の眉間の皺が深くなる。と、彼の肩を歩いてきた木村が叩いた。
「もうその辺りでいいんじゃねーか。だいたい、何も思ってない奴なら、さっき自ら大坪のとこまで来て頭下げたりしないだろ」
「木村」
「まー、怒られてるのは当然だけどな。なー、優乃!」
 ボールを片手に様子を見ていた宮地に、黒い靄を背負った笑顔を向けられて、優乃の顔から血の気が引いた。
 大坪は腕を組んで、目を閉じる。
 それを見て、優乃は体を固くした。彼女は少しためらった後、言った。
「私は、……退部でしょうか」
 体育館は静まり返った。ボールの音どころか、シューズのこすれる音すら聞こえない。
 優乃の視線の先で、大坪が目を開ける。
 彼が何か言う前に、優乃は再び口を開いた。
「今回のことで、皆さんに自分が本当に迷惑をお掛けしたのは、わかっています。私は、何も言える立場にないです」
 誰かに遮られるのが怖かった。心が叫ぶままに、言葉を続けた。
「それをわかっている上で、お願いします。私はまだここで、皆さんとバスケがしたいです。皆さんの手助けしかできませんが、一緒に同じものを目指させてください」
 優乃は深く頭を下げた。
 自分が思っていることをあるだけ全て、言葉に乗せた。これで駄目なら仕方がない。わかっているはずが、唇の震えはおさまらなかった。
(私……私、本当に大切なんだ)
 チームメイトになれなくても、逃げ出す選択肢は微塵もなかった。ここを離れたくなかった。
 水を打ったような静寂を、大きな手が切り裂いた。
「これからは連絡を怠るな。チームの足並みを乱すだけじゃない。……心配もかかる」
 優乃の頭から手がどけられる。
 顔を上げた先にある大坪は、少し呆れていた。
「きちんと反省もしている上、チームに必要な人間を退部させるわけないだろう」
 優乃はしばらく、ただ呆然と大坪を見上げていた。大坪は咳払いして踵を返す。
「全員! 練習再開だ!」

 朝の練習が終了した。部員たちは着替えに行った。
 その場に残って後片付けをする優乃に、足音が近づいた。
「水谷」
 緑間だった。優乃は手を止めて、振り返る。
「どうしたの?」
「……昨日の、高尾からのメッセージは全て読んだのか」
「実は今朝気づいたから、まだ全部は読めてないの」
 緑間は優乃の答えを聞いて、一つ息を吐いた。それは呆れたため息ではなく、どこかほっとしたようなため息だった。
「そうか。ならいい。他は見る必要ないのだよ」
「へ?」
「いいからそうするのだよ」
 首を傾げる優乃に、強めの語調で緑間は言い放つ。「……お疲れ」優乃の質問は受け付けないとばかりに小さく言って、彼は部室へと去っていった。
「おつかれ、また後で」
 遠ざかる背中へ声を掛けながら、首を傾げる。
(何でそんなこと、緑間くんが?)
「ほーい、向こう側のコートの分な」
 背後からにゅっと腕が伸びてきて優乃はとびあがった。彼女が抱えているカゴに何本かボトルを差し入れながら、高尾はけらけら笑う。
「優乃にもホークアイ、あったらよかったな?」
「ほんとだよ。ありがとう、高尾くん」
「いーえ。あ、そうだ優乃」
 高尾はそう言って、優乃の隣に並んだ。見上げる優乃へにっと口角を上げて言う。
「今スマホってある?」
 優乃は首を傾げつつ、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「オレのとこ開いて」
「うん……」
 優乃は画面に指を滑らせる。アプリを開いて、高尾のアイコンをタップした。
 ちょっと借りていい? と言う高尾に、優乃はスマートフォンをそのまま渡した。高尾は何度か指で画面を弾いてスライドさせて、手を止める。
 肩を揺らして笑い出した高尾を訝しげに見る優乃へ、彼はスマートフォンを返した。
「真ん中のメッセージ、見てみ」
 不思議に思いつつ頷いて、画面をのぞき込む。文面を読む優乃の目は、徐々に見開かれていった。
<誰にでもいいから早く連絡するのだよ。人にあまり心配をかけるな>
「……これ」
 呆然と呟く優乃に、高尾は口元を緩めた。
「昨日お好み焼き行ったってのは話したろ? その帰りオレがチャリ漕いでるとき、後ろでなんかやってるから何かなーとは思ったんだよ」
 高尾は頭の後ろで腕を組んだ。けらけら笑っている。
「自分ので送ればいいのに。マジ素直じゃねーよな」
 優乃はもう一度画面の文字をなぞってから、高尾を見上げた。
「ほんとだね」


前の話 次の話
愛しくなる衝動