山田は目の前のものを拾い上げて、優乃へ勢いよく広げてみせた。
「これ凄くね?」
節くれだった指は、赤で大きく書かれた数字をさしている。
優乃は頭を抱えていた。
「特価で19800円。今週末までらしい」
「じゃないのだよ!!!」
数学の教科書が、山田の頭でスパーンと良い音を立てた。
夕食時はとっくに過ぎていて、ファミレスには学生の姿が多かった。
レンガ風の仕切りで区切られた四人掛けのテーブルの上で、氷の溶けきったグラスが汗をかいている。淡いクリーム色のソファーに、彼らは座っていた。その内二人は疲労困憊している。
「何故、雑誌を、開いている」
「見せようと思って」
こめかみを引き攣らせる緑間に、山田はあっけらかんと答えた。高尾が火の付いたように笑い出した。緑間は不可解と大きく書かれた顔で口を開きかけ、結局閉じてグラスの中の水を飲み干した。これでもう七杯目だ。
「あ……私ドリンクバー取ってくるよ……」
遠い目をした優乃が立ち上がろうとしたのを、緑間が素早く制止した。
「お前がそこを動くとヤツが逃げる」
彼の山田を見る目は、動物園からの脱走歴のあるシマウマでも見るかのようだった。
優乃は浮かせかけていた腰を下ろした。流石にそこまでしないよ、の一言は口が裂けても言えなかった。忽然と消えた山田の代わりに千円札がぽつんと残されていた光景は、優乃の記憶にまだ新しい。
「じゃオレ行くか。優乃何がいい?」
優乃の向かいに座っていた高尾は三人の希望を聞いて、ドリンクバーのある方へ去っていった。
緑間が一つため息を吐いた。
山田はぼうっと窓の外を見ていた。今日の彼は、一段と集中力に欠けていた。優乃は山田の手元へ目を落とす。問題集は全く進んでいない。
優乃は小さく首を振った。
このままでは、絶対に良くない。山田は伸び悩むばかりで、優乃だけでなく高尾や緑間の時間まで削られてしまう。
優乃は一度ふう、と息を吐いた。手元にはシャーペンが転がっている。その隣の消しゴムは、入学時の記念品だ。
秀徳高校は運よく入れるような学校ではない。山田には集中力も記憶力も、もともとはしっかり揃っているはずなのだ。
優乃は山田の方を向いた。思いついたことがあった。
「山田くん、受験勉強はどうやってたの?」
「あー、受験?」
首を傾げる山田の向かいで、緑間がなるほど、という顔をした。注文のベルの音が鳴って、テーブルの脇を料理を抱えた店員が通り過ぎる。
「うーん」
「何、なんかあった?」
戻ってきた高尾がテーブルにグラスを四つ置いた。大きな手のひらだ。優乃はお礼を言って、ソファー型の席に座り直す高尾に思いついたことを説明した。
「だから、そのときはどうやって勉強してたのかなと思って」
高尾は優乃の言葉に眉を上げた。
人が変わらないのならばやり方を変えればいい。きっと教えられたのではない。経験として知っているのだ。彼女の発言の奥に、全中制覇のジャージがひらめいて見えた。
「なるほどなー。それなら山田もやりやすいよな」
高尾の言葉に、優乃は嬉しそうに顔を綻ばせた。試合の後、部員たちにマッサージをする優乃の眼差しがふっと蘇る。
山田はやっと答えを出したようだった。
「受験のときもひたすら問題集やってたけど……」
「うーん、そっか……」
「……誰と勉強していた」
山田の返答に何か考えている様子だった緑間が口を開いた。
「ここ目指してる奴と。同じ問題集やってたらなんか勝負みたいになってた」
普段ぼんやりしている山田の双眸に少し楽しげな光が灯ったのを、三人はしっかりと目撃した。
「全て見えたのだよ」
「うん!」
「オレ他の奴らに連絡するわ」
秀徳レギュラーの行動力は伊達ではなかった。
瞬時に動き出した三人を前に、山田は目を一つ瞬いて、首を傾げた。
愛しくなる衝動