「おーおー、さすがに決勝リーグともなると人の数が違いますなー」
「高尾チョロチョロするな」
「へーい」
高尾は素直にこちらへ戻ってきた。宮地の隣を歩く優乃は思わず笑う。
秀徳のレギュラーの面々は、緑間を除き、揃って決勝リーグの観戦に赴いていた。平たく横に長い階段を、制服姿の学生やTシャツの中年男性、応援と思われるジャージの集団が上っていく。階段を上った先の開けた広場の向こうには、カブトのような形をした体育館がどしりと腰を据えていた。
秀徳のインターハイへの挑戦は幕を閉じてしまったが、冬に今年最後にして最大のタイトルであるウィンターカップが残っている。次こそ頂点を手にするためにも、他校の戦力や戦略を探る点で、公式試合は貴重な機会だった。
本日彼らが主に観戦するのは、A・Bブロックの誠凛対桐皇戦だ。
(黒子くんと、青峰くん……それから)
「さつき」
風になびく綺麗な桃色の髪がふっと浮かぶ。
優乃の制服のポケットで、スマートフォンが震えた。我に返る。
珍しい相手からのメッセージだった。彼女の胸を、嫌な予感がよぎった。
画面をタップして、優乃は固まった。急に止まった優乃を宮地が振り返る。
「どうした?」
「何、誰から?」と優乃の隣に歩調を落とした高尾が並ぶ。
優乃はがくりと肩を落として、表示された文面を彼に見せた。
<迷ったっぽい。迎え頼むわ>
高尾の口元が引き攣った。差出人は、今日の試合の撮影担当であり、責任を持って部のビデオを一つ預かっている山田だ。予定ではこの時点で彼は会場に居て、特定の場所でカメラの準備をして待機していなければならない。
「大坪さん、私山田くん探してきます……」
深くため息を吐く優乃の様子を見て、大坪は察した。目元の暗くなった宮地のこめかみに青筋が浮かぶ。
「ははー、アイツ帰ったら引きずり回す」
「……すまないが頼んだ」
どうやら山田は迎えをじっとして待っていない、ということに優乃が気がついたのは、試合が開始して少し経ってからだった。優乃は山田に電話をかけた。
「お願いだから、そのままそこにいてね。お願い!」
「……そこまでか?」
状況をよくわかっていないらしい山田に懇願して、やっと南口辺りで彼を見つけた。
「山田くん!」
「おお、助かった」
「……うん」
あっけらかんと言う山田に、優乃は何も言えなかった。
あまりに普段通りなので、同時に優乃は心配になった。
「ビデオは持ってきてるよね?」
「いやさすがにそれはあるけ……あ」
「え?! 待って、山田くんもしかして……!」
青褪める優乃に、山田は違う違うと首を振った。優乃の背後を指さす。
「試合とか見に来るんだな、キセキの世代も」
優乃は振り返った。
彼女の瞳と、丁度こちらを見た蜂蜜色の目がかち合った。
跳ね上がった睫毛の双眸がぱっと見開かれた。
「優乃っち!」
「黄瀬くん」
優乃は目を瞬いた。黄瀬と広い会場でばったり出会ったのはこれで二回目だった。何か縁があるのかもしれない。
制服姿の黄瀬は、緩く手を振りながら二人へ歩み寄った。すらりと長い足に海常のスラックスがよく似合っている。
「久しぶり! 試合見に来てたんだ」
目の前に立った黄瀬を、優乃は見上げた。
黄瀬はその視線に目を丸くする。続いて彼を襲ったのは、身震いするほどの喜びだった。
「うん。ウィンターカップでは予選でも本戦でも当たる可能性がすごく高いし……リベンジの準備だよ」
あの雨の夜、膝を抱えて殻に守られていた女の子の姿はどこにも無かった。黄瀬の胸がいっぱいになる。
今まで優乃の隣で黙っていた山田が、二人を見比べて口を開いた。
「これおれ、邪魔なやつか」
「へ?! あ、いや」
黄瀬の頬にさっと朱が差した。
優乃の隣に並び立つ部員は、いたって真面目な顔だ。冗談ではないのだろう。
気恥ずかしさと高揚感に慌てる黄瀬の隣で、優乃は小首を傾げた。少し逡巡した後、優乃はわかったとばかりに手を打つ。
「あっごめんね、紹介がまだだった!」
横で黄瀬はこっそり肩を落とした。
「はあ、そうだったんスか」
「それでおれが迷子になったから迎えにきてここにいる」
「アンタなんで得意げなんスか!?」
黄瀬が思わずつっこんでも、山田はきょとんとしていた。チームメイトの様子に優乃は苦笑している。彼女の様子から見て、いつものことなのだろう。
時刻が気になったのか、夏服の袖から伸びる華奢な腕が持ち上げられる。
(……肌、きれーだなー)
腕時計に目を落とす優乃の睫毛の先から腕時計をはめた手首までを、黄瀬の瞳は自然と辿ってしまう。自分の腕とは何もかもが違う。触れて違いを確かめてみたいのに、それだけはしてはならないとも強く感じる。
「そろそろ行かないと」
知らず注視していた優乃の唇が動いて、黄瀬は我に返った。
「黄瀬くん、私たち行くね」
目に眩しい白のセーラー服の胸元には、秀徳高校の校章が刺繍されている。
「あー、うん」
優乃が不思議そうな顔をしたので、黄瀬は笑ってみせた。
「またね、優乃っち」
愛しくなる衝動