秀徳一軍の合宿先は、毎年決まっている。
「どんなところなんですか?」
問うた優乃に、大坪は一瞬黙った。
「……バスケの技術だけでなく、自主性も育てられる。良いところだ」
ストレッチを続ける大坪の横へやってきたのは宮地だった。指の先でボールを回しながらあっけらかんと言う。
「超ボロい」
「おい宮地」
ほんとのことじゃん、なあ? と話を振られて、木村は渋い顔で呻いた。
潮のにおいは鼻を刺すほど濃厚で、歩いているだけでむせ返るようだ。
「しばらくすると慣れる」
優乃の顔を見て、大坪はふっと目尻を緩めた。優乃は飲み込むようにして息を吸った。
改札はまるで使われなくなった遊具のハードルだった。本気を出さずとも、緑間や大坪は軽々と乗り越えてしまえるだろう。たった一台がぽつんと佇むばかりだったので、皆で順番に切符を通すしかない。髪をくすぐる風は少しべたべたしていた。
改札は壊れたロボットみたいに全てが一テンポ遅く、切符が頭を出してから、まるでびっくり箱のようにゲートが開いた。びくっと肩を揺らす優乃を見て、高尾が大笑いした。
駅から砂浜沿いの道路脇を歩く。相変わらず潮のかおりは強いが、海はそれを上塗りするくらい目の覚める青だった。浜辺で海を堪能する人々に、部員は少なからず羨望の眼差しだ。
十五分ほど炎天を歩いたところに、民宿はひっそりと建っていた。一目見て、宮地の一言を思い出す。
「げえっボッロー」
「高尾うるさいぞ」
民宿でお世話になる人々への全員での挨拶を終え、優乃は改めて女将とスケジュールの話をしていた。女将は気の良い人で、好きに使ってくださいとにこにこ笑う。
「今年はバスケ部の元気な人たちが二校も来てくだすって、嬉しいわ」
「二校……?」
首を傾げた優乃の耳へ突撃してきたのは、よく知った声の悲鳴だった。
あらあらと振り返る女将に断りを入れて、優乃は宿内へ駆け込んだ。荷物運搬の途中だったはずだ。もし手や足を捻っていたら。湧いてくる苦い想像を飲み込む。
「どうした……の……」
角を大急ぎで曲がった優乃が見たのは、壁へ垂直に突き刺さった包丁だった。よく見ると、茶羽の害虫の背中を一撃で貫き切っている。
「……」
黙って固まった優乃を見て、高尾がふき出した。
「ちょ、あまりのことに優乃固まっちゃったよ!」
「コトがこれ以上ややこしくなる前にさっさとブツを回収するのだよ……」
「違うんです、水谷さん。これには深いワケが……」
「おいカントク……その包丁秀徳も使うんじゃねえのか?」
「これはウチの備品だから大丈夫よ!」
「何も大丈夫じゃないです……」
感動の再会とは、言い難かった。
夜の帳が下り始め、一日目の練習が終わるころには、殆ど潮のにおいを感じなくなっていた。誠凛高校の面々と手分けをして体育館の片付けを行う。
点数板の支え棒を持つと、じわりと冷たかった。火照った頬を押し当てたくなる。
「お疲れ様です」
倉庫の方へ押しかけていた手を止めて、優乃は振り返った。黒子がぺこりと頭を下げる。他に漏れず汗だくだ。
優乃もぺこりと頭を下げた。
「お疲れ様です。合同練習も、ありがとうございました」
黒子はボールの入ったワゴンを押していた。そのまま二人で倉庫へ向かう。
「まさか話していた合宿先がここだったとは思いませんでした」
「私も。まるで本みたいな驚きの展開だね」
「ですね。あのときの……山田? くんはいないんですか?」
「山田くんは二軍なの。センスはあるけど、やる気と調子にムラがあってまだまだなの」
「なるほど。なんとなくわかります」
「そう。外の人にもわかっちゃうくらい波があってね……」
ため息を吐く優乃を見て、黒子は微かに微笑んだ。ため息とちぐはぐな表情を見せる優乃から目を逸らして、前を見る。
「前に会ったときにも、思ったんですけど」
「うん?」
「……やっぱり、何でもないです」
倉庫の扉のレールを越えたはずみで、ワゴンの中のボールが跳ねる。すれ違うたび、秀徳、誠凛に関係なくお疲れと声が掛かる。
「明日もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
向き直って会釈をする。ボールの音がない体育館は静かで、外の夏の虫の声がよく聞こえた。
愛しくなる衝動