38:同じ音をくちずさむ



 ロードワークは、秀徳のバスケ部に入ってからの木村の日課だった。住宅街を入り、十分ほどで目の前に立ち塞がる急な上り坂のペースを落とさず駆け上がる。坂が少し緩やかになったところで、左手に見えてくる階段を上って鳥居をくぐり、静かな神社の境内を十周するのだ。普段はその後階段を下りて左へ折れ、さらに坂を上るのだが今日は途中でやめざるを得なかった。
 鳥居をくぐって顔を上げたところで、木村はぎょっとなった。レインコートを打つ激しい雨の音を聞きながら、人気の無い神社の手水舎へと駆ける。
「……あ」
 手水舎の木の屋根から落ちる雨を見ていたらしい優乃は、木村が彼も屋根の下まで来たところで気がついた。目が丸くなって、ぺこりとお辞儀される。
「お疲れ様です、木村さん」
「いやいや! どうしたんだそれ!」
 木村は思わず叫んだ。
「ずぶ濡れじゃねえか!」
 優乃の前髪からは、ひっきりなしに水滴が落ちていた。私服の淡い栗色のカーディガンも、濡れて重たそうに変色している。
「えっと……」
 優乃は眉尻を下げた。
「天気予報で晴れって言ってたから傘持ってなくて……」
「それどこの天気予報だよ……今日は午後からずっと雨だぞ」
「おは朝をたまたま見てました」
「占い以外はからっきしかよ?! ていうかそもそも、何でこんなところにいるんだ?」
「ここから走って五分くらいのところに消防署があって、そこの講座に出てたんです。応急手当ての」
 当たり前のことのように言った優乃を、木村はまじまじと見た。
 何故と聞かずとも、秀徳のバスケ部員ならば全員その理由はわかっただろう。
(わかっちゃいたけど……)
 バスケと、バスケに対して自分がすべきだと思っていることに対して、優乃はとことん真摯だった。息をするのに何故理由がいるのかと言わんばかりに、彼女は簡単に時間から体まで、持つもの全てを捧げていた。空恐ろしいくらいのバスケへの献身は、黙々とシュートを撃ち続ける後ろ姿とそっくりだった。
 やりたいからやる。強くなりたいから苦しいことにも果敢に挑む。それがいかに普通ではないことかを木村は三年かけて肌で感じてきた。だからこそ、彼女たちの凄まじさがよくわかった。そして彼女が自分のチームの一員であることを、心から誇りに思った。
(って、しんみりしてる場合じゃないぞ)
 木村は頭の中で地図を広げた。最寄りのコンビニまで全力で走って五分といったところだろう。
「優乃、ちょっとここで待ってろよ」
「え?」
「いいから!」
 もう春から長い付き合いだ。傘とタオルを買ってくると言えば、この可愛らしい後輩は遠慮することなど容易く予想がついた。
 踵を返して、雨の中へ飛び込む。雨音は先ほどより強く木村を包み込んだ。



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愛しくなる衝動