太陽は寝ぼけ眼で、外はまだ薄暗かった。
優乃はそっと玄関の扉を閉めた。肌寒い。春とはいえまだ四月だ。早朝はかなり冷えた。まだ新しい様相のローファーを鳴らして静かな住宅地を行く。
秀徳は幸いにも、彼女の家から歩いて通うことのできる距離にあった。一度大通りに出て信号を渡り、途中で曲線を描くように逸れていく脇道に入って少し行くとすぐに、伝統ある校門が見えてくる。
その門の前に立って、優乃は一つ息を吐いた。開門時間まで少しあった。門は沈黙したまま、新一年生の優乃の前に鎮座していた。
(うん、間に合った)
優乃が肌寒い中を歩いてきたのには、理由があった。昨日、中谷に朝練の開始時間を聞きそびれてしまったのだ。彼女にとって、朝練にマネージャーが遅れるなどということは言語道断の事態だった。
門から少し脇にずれて塀に背を預ける。吐く息は僅かに白い。視線は自然と己の手へ落ちる。
これまでは、この手はあまり役に立つことができなかった。自分自身がこの手を活かせる機会を掴むことさえできなかった。
指先を緩く握った優乃の耳に、こちらへ近づく足音が聞こえてきた。当番の先生が来たのだろう。顔を上げる。
彼女は目を見開いた。
それは、相手も同じだった。黒い縁の眼鏡の奥で、緑がかった瞳が驚きの表情を浮かべている。
急に全身から水分が消え失せた。目の前が暗くなる。緑間の目に浮かんだ表情が驚きから落胆へと変わるのが、怖い。
(……さつきは青峰君と一緒に桐皇へ進学した。私にチームを勝利へ導くレベルの情報分析能力は、無い)
緑間が瞬きした。テーピングされた彼の手が動く。優乃の唇から零れた吐息が、白く霧散する。
眼鏡を軽く押し上げた緑間は、昨年度の冬、帝光で見たときと変わらぬ表情で口を開いた。
「お前もここに進学していたのだな」
一拍遅れて、優乃は頷いた。
「うん」
緑間の表情に恐れていたような色は見られなかった。張り詰めていた肺の中の空気が緩く解けていく。
「緑間くんがここだって、昨日初めて知ったよ」
「桃井から聞いていなかったのか?」
「最後の方は必死で、さつきとあんまり話す機会なかったから……クラスも違ったし」
しばし、場に沈黙が下りた。
優乃は、緑間の着た学ランのボタンの辺りへ目を落とす。
「……オレは、お前は桃井と同じ学校へ行ったと思っていたのだよ」
「二年のときからもう、たぶん別々だってことはわかってたかな。私はその頃からここ志望してたから」
「おう、早いなーお前ら」
門の向こう側から野太い声がした。先生だ。ガチャリと音がして門が開けられる。
中へと足を向ける緑間に続きながら、優乃はそっと握り締めていた手を解いた。
愛しくなる衝動