42:この痛みすら愛しい



 秀徳では試合当日、現地集合というのは殆ど無い。まず一度高校へ集合してから全員で移動する。
「あ」
「あ、おはよう緑間くん」
「おはよう」
 何事もきちっと最善を尽くす緑間と、マネージャーたるもの選手より先に到着して準備を整えておくべしという考えが中学のときから染みついている優乃は校門前まで伸びる少し広めの道で会うことがよくあった。緑間は自然に、隣にスペースを空けた。優乃は小走りでそこへ収まる。
「今日のラッキーアイテムは、木彫りの熊」
「何故知っている」
「今朝は見てきたの」
 自分のものと同じ大きさの秀徳のエナメルバッグが並ぶ。夏以前の糸通しの穴を探るような気持ちには一切ならなかった。
 隣に並ぶと緑間の背はますます高く見える。太陽を見上げるように首をかたむけた。
 眼鏡の奥の瞳は、相変わらず下睫毛も長い。
「なんだ」
「いよいよだね」
 緑の瞳が優乃をとらえて、再び真っ直ぐ前を向いた。鋭利な刃の光が宿る。
「そうだな」

 自分がなりたい存在とは、チームメイトとは何か。夜の公園で傘に当たる雨音を聞きながら、そしてその後もずっと考えてきた。
 答えはまだ見つけられない。
 姿のわからないものに自分がなることなど到底不可能だ。
 地下鉄に揺られながら、窓に反射する自分の姿を見つめる。
(どうしてだろう)
 少し前まで、それが怖くて仕方がなかった。今は不思議と、心が湖面のように凪いでいる。今、優乃の胸にある思いは一つだけだった。そのたった一つも、同じはずなのにどこか違う。
(このチームに貢献したい)
「優乃、降りるぞ」
 我に返った。宮地にお礼を言ってエナメルバッグを持ち上げる。
 不思議に思うことは後でもできる。今すべきことは、他にある。
 試合は第二会場にて、杉並西を相手に行われる。杉並西は攻守のバランスがとれた良いチームだ。しかし、王座を取り返さんとあばらの骨を浮かせ、牙を剥いて襲い掛かる王者は、彼らを瞬く間になぎ倒した。
 異なる会場で同時に始められた残りの試合も次々と終わり、ウィンターカップ東京代表二校を決める決勝リーグの出場校が出揃った。
 誠凛との再選が近づくにつれて、緑間の纏う空気は研ぎ澄まされていった。振り向きざまに斬られそうなほど鋭利で、話しかけるのをためらうほどだった。


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愛しくなる衝動