夏に降っていた雨は、容赦のない勢いと冷たさで優乃の体温を奪っていった。
傘の下で雨音を聞きながら、透明のビニール越しに空を見上げる。今日の雨は細くて切れ間が無い。まるで幾重もカーテンに仕切られているようだと思う。外界の雑念と、純粋な勝利への渇望だけが満ちる神聖な空間とを区切る恵みの雨だ。
ウィンターカップ予選の決勝リーグ二日目、試合開始まで残り幾ばくもなかった。
自分が引き付けてパスを出す。
プライドの高い緑間が耳を疑うようなことを言い出して、控え室は一時騒然となった。今は落ち着いて、各自試合前のルーティンへ入っている。
驚かされたのは、緑間の発言だけではなかった。彼の一言に対する優乃の反応もまた、大坪に衝撃を与えた。優乃は緑間の囮を買って出ると捉えられる発言に、殆どびっくりした様子を見せなかったのだ。
周囲が緑間に詰め寄る中、山田がマイペースに優乃へ問いかけたのが大坪には偶然最初から聞こえていた。
「あんまりびっくりしないのな」
「うん」
優乃は頷いた。
「緑間くんなら言うかなって思ってた」
「え、まじ? なんで?」
「チームの勝利とチームでの勝利って、少し違うと思うけど」
優乃が睫毛を驚くほどの透明さで瞬く。彼女と山田のやりとりは、静かに続く。
「緑間くん、最初からずっと、“チームの勝利”については、誰よりチームのことを考えてると思うから」
言い切ってから、優乃は周りが静まり返っていることに気がついた。ぱっと室内を見渡して、全員が自分の言葉を聞いていたことを確信したようだった。困ったように眉尻を下げたが、きゅっと結ばれた口が言葉を撤回することはなかった。
「……まー、確かにな」
そう言った木村の視線が僅かに上を向いた。大坪は彼も思い起こす。
体育館でゴールに向かって黙々とシュートを撃ち続ける背中は、秀徳バスケ部員全ての目蓋の裏に強烈に焼き付いていた。忘れることは不可能で、忘れる必要など億に一つもない。
大坪は丁寧に指先のテーピングを外していく緑間を見た。
(あのとき、優乃が言ったことに、本人が一番驚いていたな)
ふっと笑う。
つくづく、不器用な奴だと思った。
試合中に優乃ができることは、とても少ない。インターバル中や交替中の選手たちへのマッサージやテーピング、動きを見て怪我や故障の種を見落とさないようにすること、声を出して応援すること、たったこれだけだ。その少なさに絶望したこともあった。
今は自分の無力を嘆く無為なことはやめた。ただ、できることを最大限に活かして貢献するだけだ。マッサージの手が固くならないように、変な緊張を外へ吐き出す。
照明を眩く反射するコートのフロアをじっと見つめていた優乃へ、ふっと頭上から影が下りた。顔を上げる。
目の前に突きだされていたのは拳だった。闘志十分の瞳で、高尾はくいと口角を吊り上げた。
何を言いたいかは、すぐにわかった。突如吹いた追い風が優乃の背を押し上げた。
打ち合わせた拳は、夏と変わらず硬かった。センターラインへ駆けていく背中で、大きく10の文字が躍った。
愛しくなる衝動