あれっ優乃桐皇のマネさんと友達だったの? つか久しぶりなんじゃん? 先輩たちには言っとくしそもそも時間には余裕あるからちょっと話してけば? じゃ、また後でなー。
「……お前、聞いていたろう」
高尾は片方の口角を吊り上げた。
「バレた?」
「バレバレっスよあんなの」
途中まで同じ方向だからと付いてきた黄瀬も同様だ。帰る方向は本来桃井と同じだった。
自転車の車輪が回る音が響く。口火を切ったのは黄瀬だった。
「優乃っちが……どんな気持ちだったか考えたら、
車輪の音が続く。緑間の美しいモスグリーンの双眸は絶対零度に冷え切っている。
優乃が大切に抱えているものが、一度踏みにじられたものだと知って、踏みつけて笑っていた者へ平静でいられるわけがなかった。
ときに、大人は弱くて勝手だ。その大きな手で、自分の為に簡単に子供たちに目隠しできてしまう。そして耳元でこっちだよと囁くのだ。
「けど」
冷え切った水面へ落とされた声は、高尾のものだった。
灰色の双眸はふっとその形を崩した。彼は手の甲へ、目を落とした。
「オレ、すげーって思ったよ。優乃のこと」
普段の軽い調子は鳴りを潜めていた。静かな口調が続く。
「きっかけとか、色々オレらのおかげって言ってくれてたけど。ちゃんと向き合って自分で考えて、なんつーの? 支配の手? みたいのから自力で出てこうとしてんじゃん」
バスケが大好きだと、その口が改めて言わなくても、彼女はもうずっと語っていた。受けるたび上達しているのがわかるマッサージの腕も、その日その日で味が絶妙に整えてあるドリンクも、誰より声を張り上げる小さな背中も、バスケットボールを見つめる眼差しも、全てが叫んでいた。
「マジカッコよすぎじゃね? ウチの大事なマネージャーさんは」
「……ああ」
緑間の瞳が優しく凪いだ。
「尊敬しているのだよ」
並んで二人の表情を見ていた黄瀬は、目を細めた。
優乃が、知れば知るほどそのひたむきな心が眩しくて、その中に自分の居場所が欲しくなるような女の子だということは、よく知っていた。
むしろ自分こそが一番よく知っている。一番長く彼女を見てきたのは自分だ。彼女が悩みの只中にいたとき、その声にならない悲鳴を聞いて駆けつけたのは黄瀬だった。
雨の日と、その日まるで迷子のように握り返してきた手のひらとは忘れられない。
「前を向いて歩き続ける優乃っちのこと、心の底からすごいって思う。けどオレは、二人ほど優乃っちと足並み、揃えてあげられないっスわ」
黄瀬は立ち止まった。秀徳の二人が振り返る。
蜂蜜色の黄瀬の瞳は、強い光を湛えて二人を見ていた。
「大好きな子が誰かに傷つけられたら、そんなん問答無用でブチ切れるに決まってる」
目を見開く二人を見て、やっぱりと思う。
優乃の隣に並びたい。しかし並ぶだけでは嫌だった。
手を繋ぎたいし、手を引きたい。背に守りたいし、背中を守りたい。
貪欲で悪いと誰が決めた。
(本気で好きなんだ。当然だろ)
「……まあ、そういうことなんで」
黄瀬はくるりと踵を返した。瞳だけで二人を見る。彼ははっきりと言い切った。
「チームメイトとしての絆とか、そーいうのは泣く泣く譲るっスけど。それ以外は、絶対誰にも渡す気ないんスわ」
宣戦布告だ。
愛しくなる衝動