「じゃあ今日はこれで解散ね」
出席簿をまとめながら担任が言った。優乃はすぐに立ち上がって鞄を肩に掛ける。
「優乃ーって早あ!」
「着替えなきゃいけないから」
優乃は笑って美智子に手を振って、机と帰り支度をした生徒たちの間を縫って教室を出た。
丁度隣のクラスから見慣れた顔が二人出てきた。その内の緑色の瞳と目が合う。
「お疲れ」
優乃は微笑んでみせた。
部活が始まって一週間ほどは、一方的に少しぎこちなかった。今は、他の部員と同じように接することができているはずだと優乃は自負している。
「……お疲れ」
「お、水谷も今終わりか。お疲れー」
その後ろで高尾が軽く手を上げた。優乃は体育館へ向かう二人の隣に並んだ。
「何だかんだ揃って部活行くの初めてだよなー。あれ、つか山田は?」
「英語の三木先生の授業で突っ伏して寝ちゃって……」
「……あーあ」
口に出さずとも、高尾の表情からはやらかしたなーと言葉を読み取れた。緑間は不甲斐ないとばかりに眉をしかめて鼻を鳴らす。
山田は、緑間や紫原とはまた違った究極のマイペースだ。英語教師の三木からクラス中の目が集まる中で散々叱咤を受けても全く気にしていない様子だった。怒り心頭の三木から居残りを命じられたときの返事もあまりにも普段通りで、優乃が練習の相談に向かったときにもそういえばおれ居残りだったか、とまるで他人事のように言っていた。
(でもこれは、言ったら緑間くんなんてもっと呆れそうだな……)
優乃は胸の内に秘めておくことに決めた。
「山田って真ちゃんとはまた違った大物だよなー」
高尾も同じようなことを考えていたようだった。「大物かあ」と優乃は思わず微笑む。
一方緑間は、心底気に食わないという顔をした。
「あの男と同じくくりにされたくはない」
「なんでよ。大物って良いことじゃん」
「私には二人とも大物に見えるよ」
緑間がお前も言うのかという顔でこちらを見たので、優乃はなんだかおかしかった。
「種類はちょっと違うけど」
付け加えた彼女に、高尾がまーそりゃな、と同意を口にする。
「全く良い意味には聞こえないのだよ」
「そんなことないって。な、水谷」
「うん」
「笑いながら頷くな」
ふわふわに乾いたタオルを畳みながら、優乃はふと先ほどのやりとりを思い出していた。
ずっと見えない壁の向こうにいた相手が今まででは考えられないほど近くにいた。普通に会話をしていた。
なんだか、くすぐったい。思い出すたび緩みそうになる口元を抑えて、優乃は畳み終わったタオルをかごに入れる。
おかしな話だった。黄瀬もそうだが、同じ部活で三年間過ごした中学のときよりも、この一ヵ月ほどの方がずっとよく話をしている。
(黄瀬くんなんて学校も違うのに)
体育館の中からブザーの音が聞こえてくる。
少し手を速めた優乃の後ろを、丁度緑間が通りかかった。優乃ははたと思い出した。
「緑間くん」
振り向いて彼を呼び止める。緑間は彼女の方を見た。
「何だ」
「この前黄瀬くんに会って聞いたんだけど、次の日曜日、黒子くんの入った学校と練習試合するみたいだよ」
眉がぴくりと動いたのが見えた。
「何……?」
「黒子くん、誠凛ってところに行ったんだね」
緑間は不愉快そうに鼻を鳴らした。
「だからアイツは気に食わないのだよ」
練習に戻ると言って、大きな後ろ姿が立ち去っていく。
(これは……気にしてる、かな?)
優乃は彼の背中を見送って、再び大量のタオルと向き直った。
今週の土曜日はオフだ。
愛しくなる衝動