知子ちゃんは軽音サークルに入った。もともと、ギターを前からやっていたらしい。ボーカルやりたいなあと呟きながら、知子ちゃんは私の部屋で、床に置いてあった雑誌をめくっている。
「てかさ千絢。なんか、カーテンだけ違和感あるんだけど」
「あ、うん。女の一人暮らしがばれないようにカーテンは男物にしたほうがいいよって、近所のお姉さんに教えてもらって」
「ああ! なるほどー」
知子ちゃんが感心したように声を上げる。お手本のような感心の仕方に笑いながら、私は机に焼き菓子を置いた。
私は、料理サークルに入った。ものすごく緩いサークルで、何か作りたくなったら顔を出せばいいとのことだ。唯一忙しいのは学園祭の前後で、周囲のクラスやサークルとは量も質も別格の模擬店を毎年開いているみたいだ。
料理好きがたくさん集まっていて、部室や調理室にたいてい一人は人がいると聞いて、入部を決めた。
「千絢は新歓いつなの?」
「来週の土曜日に、先輩たちが調理室か自分の家で料理を作ってきてくれて、学校の食堂借りてやるんだって」
「えっそれ私も参加したい!」
焼き菓子を片手に勢いよくこちらを向いた知子ちゃんに、私は声を上げて笑ってしまった。
課題の嵐にも、やっと一段落ついた。
今日の放課後は久々に何もすることがない。知子ちゃんは今日ギターの先輩の挨拶があるらしく、先ほど廊下でばいばいと手を振って行ってしまった。
料理したいな。
ふと、思い立った。正門に向かいかけていた足を止める。横を何人かの学生が談笑しながらすり抜けていった。
調理室は確か、よく講義を受けている棟の、隣の建物に入っていたはずだ。
材料がなかったらどうしよう。その時は大人しく家に帰ろうかな。
自動ドアを通り抜ける。まだ場所がわからないので、とりあえず建物内の案内図に近づいた。
とんとん、と肩を叩かれた。
びっくりして振り返る。その先にいた人が口元を緩めた。
「よっ、新入りだったよな」
料理サークルの説明のとき、見かけた先輩だった。髪の色がすごく派手だったのと、振る舞ってくれた料理が別格に美味しかったのでよく覚えている。
「ええと、丸井先輩?」
「正解!」
丸井先輩はにっと笑った。少しだけ、固まった肩から緊張が抜けた。
先輩は手に白いビニール袋を持っていた。結構大きめだ。
「先輩はどうしてここに? 実習ですか?」
違う違う、と先輩は首を振った。
「たぶんお前と一緒。ケーキ作りに行くんだよ」
そう言って先輩は歩き出した。ほら早く、と振り向かれて、慌てて後に続く。
「お前は? 何作るの?」
「調理室に着いてから決めようと思って……あ、三階だったんですね」
「食堂の一階上。わかりやすいだろぃ」
「あ、ほんとだ!」
先輩が隣でちょっと笑っている。
丸井先輩と歩いていると、すれ違う人が結構な頻度で丸井先輩に声をかけたり、手を振ったりしていく。先輩はとても顔が広いみたいだ。
「あの、先輩。調理室に材料って置いてありますか?」
「んー、そうだな……タイミングによるな」
三階に着いた。先輩は廊下を左へと歩き出す。
「料理した後、余った材料はサークルに寄付するんだよ。保存庫にそれが無かったら自分で持ってこねえといけないんだけど……まあでも、たいていあるな」
「そうなんですね」
「あ、けど、いつもサークルの使ったらダメだからな」
「はい」
少し歩くと、良い匂いがしてきた。
「お、誰か居るな」
隣でそう呟いた先輩の声が明るい。私も、良い匂いに思わず頬が緩む。
「こんちはー」
先輩が扉を開けた向こうでは、目尻の吊り上がった鋭い眼光の男の子が、バンダナとエプロンをしてクッキーの型を取っていた。
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2013.05.06
加筆2019.01.06
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