「海堂じゃん!」
丸井先輩がとても驚いている。
海堂、と先輩に呼ばれた男の子は、こちらを見て固まっていた。
同級生だろうか。丸井先輩はどうしてそんなに驚いているのだろう。
少しして、男の子が口を開いた。
「丸井、さん……」
途端に、丸井先輩が火のついたように笑い出した。
私も、そして男の子も、揃って肩がびくりと揺れた。
「お前……っ冗談だろぃ?!」
男の子の顔が、みるみる赤くなっていった。
彼は丸井先輩に何か言おうと口を開いたけれど、すぐに閉じる。私の方をちらりと見た後、男の子はそっぽを向いてしまった。
「フシュウ……」
長いため息が聞こえてきた。
「悪ぃ! けどお前料理できたんだなー」
丸井先輩はすぐに謝った。声がからかっている雰囲気のままなので、あんまり効果は無さそうだ。
これだけすぐに軽口を叩けるってことは、やっぱり知り合いなのだろう。
「あの……?」
「ん? ああ、こいつな」
丸井先輩は私が聞くよりも早く、男の子のことを紹介してくれた。
「お前と同じ一年だよ」
「えっ、そうなんですか?」
「そうだよ。俺中学高校とテニス部だったんだけど、その時こいつライバル校にいてさ。対戦したこともあったな」
「丸井先輩、テニス部だったんですね」
「おう。今もテニサー入ってるぜ」
「びっくり……」
「びっくりされんの新鮮だなー」
男の子は、再びクッキーの型抜きを始めていた。手際がとても良い。普段からよく料理を作っているみたいだ。
「さってと、んじゃケーキ作っかなー」
丸井先輩は頭の後ろで腕を組んで、別の調理台へと歩き出した。
私は少し迷ってから、海堂と呼ばれていた男の子に歩み寄る。話しかけるよりも先に男の子が顔を上げた。
「ええと、海堂、くん」
「……なんだ」
返事をしてくれたことにほっとした。鋭い眼差しや醸し出していた雰囲気が、少し怖いのだ。
でもその言動は、思ったよりも怖くない。私は小さく頭を下げた。
「私、文学部の三藤千絢です」
少し間が空いて、低い声が返ってきた。
「海堂薫。教育学部だ」
「海堂くん」
ちらりと見えたその手元では、猫の形に型抜きされたクッキー生地が並んでこちらを見上げていた。
「これからよろしくね」
結局私は、保存庫に入っていた材料でマフィンを作った。
今日は調理室に丸井先輩と海堂くん、そして私しか来なかった。最後は作ったお菓子を山分けして、一緒に調理室を出た。外はすっかり暗くなっている。
「あー、美味かった!」
隣で丸井先輩が言った。聞いていて思わず頬が緩んでしまうような、幸せそうな口調だった。
海堂くんが、フシューと息を吐く。ちょっと変わったため息は、彼の癖みたいだ。
「ほんとに美味しかったです。ごちそうさまでした」
「こちらこそ。今年は期待できる新人がたくさん入って嬉しいぜ」
「……美味かったっす」
海堂くんがぼそりと言う。それに少し笑えるくらいには、打ち解けられたつもりだ。
他にどんな人がいるのかまだわからない。でもなんとなく、良いサークルに入れたんじゃないかなと私は感じていた。
隣
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