14▼わたしの心臓は空っぽで、代わりに貴方の鼓動が脈を打っているの。
武は、沢田くんたちと屋上にご飯を食べに行ってしまった。
「美月? お腹空いてないの?」
「あ、ほんと。全然お弁当食べてないじゃん」
隣の子たちが、色々と話しかけてくる。先ほどまできちんと出てきた名前が、思い出せない。
よく似た色の瞳がわたしを見ているけれど、それは武のものではない。
わたしは、どうしてここでお弁当を食べているのだろう。どうして、武と一緒にいないのだろう。
「……ううん、ちょっと考え事しちゃって」
わたしは、小さく笑ってみせた。
いけない。わたしがわたしのしたいように行動したら、武が困ってしまう。わたしの我が儘で武が困るのは、一番あってはいけないことだ。
「そう? にしても美月のお弁当って美味しそうよねー」
「ね!」
「そうかな……ありがとう」
ブロッコリーを、箸で摘み上げた。
わたしは昔、ひどい偏食だった。野菜も大嫌いだった。けれど武が好き嫌いの無い子っていいよなと何気なしに言ったのを聞いた。それからは無理をしなくてもすんなり食べられるようになった。
口の中のブロッコリーを咀嚼する。僅かに甘味が広がった。
寂しい。寂しい。
昔は、お昼ご飯もよく一緒に食べていたのに、今は全然食べられない。
寂しい。
弁当箱まで伸ばした箸は、途中で止まってしまった。
「……やっぱり、食欲ないみたい」
隣で、黒髪の女の子が驚いたようにわたしを見た。
「えっ、美月大丈夫なの?」
「保健室、行ってくるね」
「私も付いていくよ」
蜂蜜色の髪の女の子が心配そうにそう言った。わたしは、小さく笑って手を振ってみせる。
「そんなに大したことないから、大丈夫。ご飯、まだ途中でしょ?」
「本当?」
「うん。ありがとう」
教室をゆっくりとした足取りで出て、階段に向かう。
下には向かわない。
一つ踊り場を過ぎたところで、足を早めた。
屋上に乗り込むつもりはない。それをしたら、武が困る。
でも、少しだけでも武の姿が見たい。
早足で、階段を四階まで上ったときだった。
「まてツナ!!」
続いて、打撲音が聞こえた。
右手の廊下だ。たぶん、応接室だろう。
応接室に駆け込む。窓際の壁に、ぐったりともたれかかる武の姿が見えた。
目の前が、真っ赤に染まった。
部屋を見渡す。あの茶髪の男は違う。銀髪の倒れ込んでいる男も、違う。
「またお客?」
黒髪の男は、トンファーを持っている。
わたしは、近くに置いてあった観葉植物の鉢を持ち上げた。男に向かって投げる。
男は容易にそれを弾いたけれど、そんなことはわかっていた。
「ひいいっ! 宮内さん、危ないよ!」
何か声が聞こえた気がしたけれど、内容はよくわからなかった。
男の腹を目がけて思い切り足を振り上げたけれど、避けられてしまった。
「武に、なにしたの?」
「誰それ。それより君、学校の備品壊さないでくれる」
「ねえ、なにしたの? どんなことしたの?」
トンファーの先が頬を掠めた気がした。痛みを感じないから、わからない。
迫ってきたトンファーを持つ手を、思い切り蹴り上げた。片方のトンファーが宙を舞う。
武が怪我をしている。気を失っている。
この男が、やった。
「ねえ……」
床に転がっているトンファーを拾い上げる。
「ころすよ?」
「だめだめだめー!!!!」
目の前に、突然障害物ができた。
人間の形をして、何か喋っている。とても邪魔だ。トンファーを構える。
「君、邪魔だよ」
障害物の向こうで、男が言った。殺してやる。
銃声がした。目の前の障害物の色が、白から肌色に変わる。
「死ぬ気でおまえを倒す!!!!」
障害物は、男に向かっていく。
「だめ! わたしがころす!」
駆けだそうとしたわたしは、首に強い衝撃を感じた。
首の鈍痛で、目が覚めた。赤い光が眩しい。思わず目を細めて、片腕で目元を覆った。
「美月!」
声が聞こえた。わたしは勢いよく上体を起こした。瞬間、視界が歪んでふらついた。肩甲骨の辺りを、たくましい腕に支えられた。
「無理すんな」
「武!」
自分の首の痛みなんて忘れてしまった。
わたしはもう一度、上体を起こす。
わたしが寝ていたベッドの横に、武が居た。
「武、平気? 痛いところない?」
そう聞くと、武は一瞬、僅かに表情を翳らせたように見えた。
やっぱり、まだ痛むのだ。あの男は殺すべきだ。あの場で気を失ってしまった自分が情けない。首の裏に手を当ててみる。熱い。少しずつ、痛いという感覚が戻ってきた。
誰がやったのだろう。気を失う前、小さな黒い影を見た気がした。
と、武が口を開いた。
「オレは全然平気だって」
武を見る。彼はいつものように笑っていた。
本当は痛いのに、無理して笑っているのかな。
「美月こそ、大丈夫か?」
わたしは笑って頷いた。
「うん。わたしは平気だよ」
本当のことだ。武さえ平気ならば、わたしは何だっていい。
少し落ち着いてきて、わたしはようやく、ここが自分の部屋だということに気が付いた。
「武が、運んできてくれたの……?」
「ああ。オレが気が付いたとき、美月も倒れててさ」
武はそう言って、わたしの方に手を伸ばした。
大きくて温かい手のひらが、わたしの頭に乗せられる。首の鈍痛が一瞬で霧散した。
武の手が、優しく頭を撫でてくれている。
「ほんと……びっくりした」
それから、武はわたしから少し目を逸らした。その瞳に見えた色は、わたしの知らない色だった。
「武?」
「……ん、ああ、今日晩御飯ご馳走になってっていーか? 美月の母さんが誘ってくれてさ!」
「え?!」
わたしは、自分の顔が緩んでいくのを止められなかった。
お母さんはわたしが元気になる一番の方法を知ってくれている。
「食べていってくれるの?」
「いいか?」
「うん! うん、ありがとう……!」
それはオレの台詞な、と武が笑う。大きな手のひらに、頭をぽんと優しく叩かれた。
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