15▼ねえきっとたんじゅん

並盛中学校では、体育祭は縦割りのチームで行われる。
A・B・C組はそれぞれ自分のチームの旗やスローガンを作り、どの競技に誰を出すのか作戦も綿密に立てる。体育祭が近づくと、横の間にはピリピリした空気が流れだし、縦の絆は強まる。体育祭をきっかけに学年を超えた交流が深まる例は交友関係であれ恋愛関係であれ、数多くあった。
本日は体育祭の前日だ。A組に所属している者ならば学年を問わず全員強制参加の、最初で最後の集会が開かれる。
講義室の前の扉が開いた。
少し目を伏せて友人と談笑しながら入ってきた少女に、少なくない視線が一瞬集まった。
「わー……私初めて見たー……」
「すご……美人」
「笹川の妹といい、今年一年は豊作だよなあ」
「ちょっと、それどういう意味よ」
「他意は無いって!」
各々が好きなように談笑している講義室を、京子が少し落ち着かない様子で進んでいく。
A組の代表は彼女の兄である笹川了平だった。熱血漢の彼が熱くなりすぎて無茶をしてしまわないか、心配なのだ。
見かねて黒川が声を掛けた。
「そんなに心配なら、前の方に座る?」
「そうしようかな……」
席は大まかに指定されていて、教壇に最も近い前列から、三年、二年、一年の順に座るようになっている。
一年生の場所の中でなるべく前の方に座って、彼女たちは京子の兄が登場するのを待つことにした。
「美月ー」
隣に座る黒川と話をしていた美月は、ぱっと顔を上げた。
斜め前の方で、山本が彼女に軽く手を振った。
「明日頑張ろーな!」
美月の表情がみるみる輝いた。僅かに頬を色づかせて、彼女は頷く。それを偶然見た生徒の何人かが思わず顔を赤らめた。
そして数名の女子生徒が、顔をしかめた。
「この前言ったのわかってないわけ?」
「ムカつくよねー。彼女でもないのにさあ」
「……ねえ、体育祭の棒倒しって毎年絶対大騒ぎになるらしいよ」

前日のA組集会は、誰もが予期していなかった結果に終わった。
一年生の沢田くんが、体育祭の華である棒倒しの総大将に選抜されたのだ。
「あの沢田でしょ? 大丈夫なの?」
花は、先ほどから呆れ顔だった。
大丈夫だよ、と京子は言うけれど、わたしは花と同じ気持ちだ。
沢田くんは時々奇妙なほど強くなるけれど、普段は自信なさげにしてばかりいて、事実とても弱い。
スイッチみたいなものがあるのだろうか。
どんなときにそれが発動するのかわからないけれど、そんなに都合よく発動するとは思えない。
「にしても美月二種目大変だねー」
「高跳びと、あと100mのリレーだったよね! 応援してるね」
「ありがとう。わたしも、応援してる。二人も頑張ってね」
昔から運動神経は良かったし、訓練もしている。
体育大会には、小さい頃から何種目か掛け持ちで出ることが多かった。
周りに騒がれるのは、凄く嫌だった。でも、武が褒めてくれる機会が増えることには、代えられない。
それ以前に体育大会自体が好きではなかったけれど、武のかっこいいところがたくさん見られる。大勢の人と喧騒に混ざり合うのも、それを思えば我慢できた。

京子と花と分かれて、自宅までの道を歩く。
明日は武が見ているから、絶対に失敗はできない。そのために、練習はしっかりとやった。
今日は無理して体の調子を崩さないように、少し走るだけにしておこう。
「ま、待ってくださいー!」
後ろから、女の子の声が聞こえてきた。
この声をした友達は、いたかな。リレーで一緒に走る子たちの声を思い出そうとして失敗する。
と、手が、わたしの肩に触れようとした。
わたしは振り返った。
こちらに手を伸ばしていた女の子が、驚いたように目を見開いていた。
心臓がすうっと冷えるような感覚がした。
覚えている。
この子は、夏休みに武が褒めた子だ。沢田くんの家に来ていた。
わたしは、にっこりと笑ってみせた。
「こんにちは。沢田くんのお家に来てた子だよね」
「あっ、はひ! そうなんです! あ、私三浦ハルと申します!」
女の子はぴょこんと可愛らしくお辞儀をした。
「わたしは、並盛中の宮内美月です」
わたしに何の用事だろう。
それとも、武に用事だろうか。そうだとしたら、悪いけれど帰ってもらおう。
「どうしたの?」
問いかけると、三浦ハルという女の子は真剣な顔になった。
「あの、この前からハルには気になっていたことがあるんです! 美月ちゃんは、ツナさんのことが好きなんじゃないですよね?」
わたしは目を瞬いた。
「沢田くん?」
「はい!」
頷く女の子の目には、必死な色が宿っていた。
ああ、そうだったのか。
わたしは、頬が緩むのを感じた。
よかった。
「ハルちゃんは、沢田くんのことが好き」
「へっ?!」
女の子の顔が、音を立てて赤くなった。
相手が武以外なら、一途な子は好感が持てる。つまりこの子は、武のことを好きになる可能性がとても低いということなのだ。
わたしはくすくす笑ってみせた。
「わたしはね、沢田くんのことは何とも思ってない。わたしにはすっごくすっごく好きな人がいて、その人以外のことを好きになるなんてあり得ない」
武の大切な友達というのが、わたしの沢田くんに対する認識だ。つまり、わたしが武と一緒に居られる時間を取っていってしまう人が、沢田くんだ。
わたしは、目を伏せた。
「わたしはハルちゃんのこと、すごく応援してる」
そう言って笑うと、彼女は目を丸くした後、ぱあっと顔を輝かせた。


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