16▼あなたの首に鍵をかける

「ゴール!!」
マイクから叫び声が上がった。同時に、それを掻き消すほどの大声援がグラウンド一杯に広がる。
「イエス山本!」
「お前すげーよ!!」
「たけしー!! かっこいいー!!!!」
ゴールテープを切った山本には、大勢のAクラスの面々が駆け寄っていた。大本命と言われた陸上部のホープを見事破っての一位だ。Aクラスは大興奮だった。
「サンキュな! 応援聞こえてたぜ」
山本は僅かに上気した顔で、手を上げて笑う。頬を一筋汗が伝っていった。
「美月! 声掛けに行かないの?」
黒川に掛けられた声に、美月は我に返った。
つい見惚れてしまっていた。
椅子から立ち上がって、彼女は山本の元へと歩み寄った。途中足を引っかけられたが、彼女は気にならなかった。
美月が山本を呼ぶ前に、彼は美月に気が付いた。
美月は花が綻ぶように笑って山本のもとへと駆け寄る。
「一位おめでとう!」
「おう!」
山本は拳を突き上げてにかっと笑った。美月の胸がきゅうと締め付けられる。
瞳が僅かに潤み頬を染めた美月を見て、周囲の男子が顔を赤くした。
(いいなあ山本! うらやましい!)
「美月も、高跳び決勝戦頑張れな。応援してるぜ!」
「うん……っ」
極上の笑顔を向けられて、美月は一瞬息ができなくなる。
必死に頷いた彼女の脳裏には、もはや高跳びで優勝することしかなかった。

「美月ちゃーん!!!」
応援席に戻る途中の美月を、ソプラノの声が呼んだ。
美月は振り返る。手を振りながらこちらへ走ってきたのは、前日に名前を知ったばかりの三浦ハルだった。
ハルは美月の隣に並んで、ぐっと胸の前で拳を作った。
「ハル思い出しました! それから、わかっちゃいました!」
美月は、首を傾げた。
ハルは美月を見て得意げな顔をした。それから、彼女の耳元に手を当てる。
「美月ちゃんの好きな人って、さっき一位でゴールした人ですよね? ほら、勉強会に来てた!」
「……うん。そうだよ」
「やっぱりー!! 帰り道、あの男の子と手繋いでたこと思い出したんです。あっ、まさか、もう両想いなんですか?!」
ハルの最後の一言に、美月の顔が音を立てて真っ赤に染まった。
彼女はおろおろとハルから少し離れた。耳まで赤くなったまま、美月は首を左右に振った。
「両想、いじゃ、ないよ……!」
両頬がじんじんと火照っている。彼女は頬に手を押し当てた。
ハルは少しの間目を丸くしていたが、続いてきゃーっと声を上げた。
「美月ちゃん可愛いですー!! 恋する乙女ですね!」
「う……」
美月は、恨めしげにハルを見た。

体育祭は大いに盛り上がっていた。
続いては、午前の部のメインイベントの一つである借り物競争だ。
Aクラスからは黒川花が参加する。美月は京子と並んで、応援席に座っていた。
「あ、次だね!」
京子が少し身を乗り出す。美月もその横でスタートラインに並んだ黒川をじっと見つめた。
彼女は、つい先ほど高跳びの決勝戦で優勝を決めてきたばかりだった。白い首筋を、つうと汗が伝う。
銃声が響き渡った。
選手が一斉に、お題の書かれた紙が入っているかごへと走り出した。次々に紙を開いて、絶望したりガッツポーズをしたりしている。
「あ、あの人もハズレひいちゃったみたいだね」
隣の京子と会話を交わして競技を傍観していた美月だったが、事態は一変した。
一人の男子生徒がこちらへと走ってきたのだ。
その目は、真っ直ぐに美月を見ていた。
(誰だったかな……)
美月が脳内の引き出しを探し始めたとき、男の子が彼女の前に立った。
周囲は、男子生徒の並々ならぬ雰囲気に静まり返っていた。
「えと……」
男子生徒はそこで、浅く呼吸をした。
声が震えている。美月は嫌な予感がした。
「宮内さん、その……おれと一緒に来てくれませんか」
美月を緊張したように見つめるその視線には、はっきりと甘さが含まれていた。
彼のお題について、この場にいる全員の中で見当が付いた。
美月は固まってしまっていた。
彼女は、山本以外の人間に興味がない。全て塵芥と同じだと言っても過言ではないのだ。
しかしそのような態度を取ってしまっては、世間から孤立して山本に心配をかける。美月は、山本の気を患わせるようなことをしたくなかった。
(この場合、どうすれば正解……?)
お題は、ゴールしたときに読み上げられる。先ほどゴールでカップルが一組誕生していたことを美月は思い出した。
(ゴールまで一緒に行って、そこで……でも、ゴールまでは手を繋いで行くルール……嫌だ。触りたくない)
「宮内さん……だめかな……?」
男子生徒が、美月の前に手を差し出した。
美月は、男子生徒の瞳を見上げた。
「取り込み中ごめんな」
不意に、美月の肩を大きな手のひらが掴んだ。
美月は一気に安心感が全身を包むのを感じた。彼女にそう感じさせる手のひらの持ち主は、一人だけだ。
「黒川が呼んでるぜ、美月。約束してたんだろ?」
振り返った先で、山本が美月を見ていた。その表情はいつもと同じだ。
美月は、山本が指さす先を見た。黒川が美月に向かってウインクした。
(花が気を利かせてくれたのかな)
美月は「知らせに来てくれてありがとう」と山本に言って、男子生徒にごめんなさいと頭を下げた。
「先に花と約束してたから、花と行くね」
「あ、うん……」
男子生徒はおずおずと頷いた。
美月が黒川のもとに走り寄ると、黒川はにやにやと笑っていた。
「花、ありがとう。……なあに?」
「なあんにも?」
黒川のお題は、野菜が好きな女の子だった。


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