17▼もっとひどくしたっていいんだよ
棒倒しは、異例のA組対B・C組連合の勝負となった。沢田が汚い手を使ったということで協議が行われ、参加した笹川が提案して押し通したそうだ。
さらにB・C連合の総大将に雲雀が名乗りを上げたことで、騒動は一層大きくなっていた。
「A組、すごいことになったなー」
黒川が横で呟く。美月はただひたすらに、山本が心配でならなかった。
一心にグラウンドを見つめる美月をちらりと見て、黒川は小さく笑う。
「京子、美月、私飲み物買ってくるわ」
「うん!」
「わかった」
黒川はひらひらと手を振って、その場を離れる。
少しして女子生徒が二人、彼女たちに近づいた。
「京子ちゃーん」
「美月ちゃん借りてもいいかな? リレー凄かったから、速く走るコツとか聞きたくてー」
美月は、振り返った。
そこにいた女子の面々を見て、彼女の瞳がすうっと冷める。
「へ?」
首を傾げる京子の横で、美月は困ったように笑ってみせた。
「棒倒し終わった後じゃだめ?」
「みんなが片付けてる間うちらだけ走ってるのってなんか恥ずかしいじゃんかー」
武器は持っていないようだ。
待ち伏せしている者たちが持っているかもしれないが、所詮その身体能力は知れている。
美月は周囲に目を走らせてから、彼女たちを真っ直ぐに見た。
「わかった。どこに行けばいいの?」
美月はにっこりと笑った。恐ろしく美しい笑みだった。
この場にいたことで、わたしが社会的に不利な立場に陥ってはならない。
自分を囲む数名の女子生徒を見て、わたしは考える。
正確に言うならば、わたしがこの場にいたことで武の気を患わせるようなことになってはならない。
女子生徒たちが何か言っている。罵倒の言葉ばかりだったので、神妙な顔だけして、聞き流す。
最善の策を考える。
待ち伏せていた女子の中には、何か武器になる物を持っている子もいそうだった。
軽く切りつけられて、正当防衛を主張できるようになるまで待つのも手だ。しかしわたしが乱闘騒ぎを起こしたと知ったならば、武はどう思うだろう。野蛮な子だと思って、離れていくだろうか。
武がそんなことで周りの人を捨てるような人ではないことを、わたしは知っている。それでも怖いのだ。武の傍にいられなくなることが、わたしは怖くてたまらない。そうなるような要因は、自分の手では絶対に作り出したくない。
「聞いてんのかよ!」
胸元に、強い衝撃を感じた。
聞いているふりをしていたことを、感づかれてしまったみたいだ。
わたしは、わたしの胸ぐらを掴んでいる子を真っ直ぐに見た。何故か、その子はたじろいだ。
きっと、わたしが止めてと言えば、この子たちは喜んでわたしに危害を加えるだろう。
きっと、この場に誰か関係の無い人が来たならば、この子たちは慌てるだろう。
わたしのことは痛めつけたいけれど、自分の悪評が広がって、他人の、特に親や武の耳に入るのは怖い。
それがこの子たちだ。
わたしは、思わず目を細めた。すぐに、きょとんとした表情を作る。
「わたしは武と離れないよ」
その場限りの嘘は吐かない。今は、吐いてしまうと不利にしかならない。
わたしは正当なことを言い、彼女たちがそれに理不尽に激昂した。その事実が必要だ。
低い女声で不満の言葉が次々に放たれた。わたしはしっかりと、目をわたしの胸ぐらを掴んだままの子に向けた。
「わたしは武のことが好き。どうして好きな人と離れなきゃいけないの?」
目の前の女の子の顔つきが、変わった。腹が立っているのが一目でわかる形相だった。さりげなく後ろを見やると、彼女たちも相当頭に来ているみたいだ。
あと一押しだけしておこう。
「ねえ、そうやって牽制しあって、結局、誰が武の隣に立とうとする権利を貰えるの?」
そもそも絶対にあげないけれど。そう、心の中でそっと付け足す。
上手く言ったみたいだった。
わたしの胸ぐらを掴んでいる子は、わたしを地面に突き飛ばした。腹部を思い切り蹴られる。
ごめんね、あんまり痛くないよ。わたしはお腹を抱えて、悶絶するふりをした。
誰かが、刃物を取り出す音がした。
わたしは思わず頬を緩めた。
とっても簡単だった。
「そいつそんなんじゃ懲りないって!」
「自分が悪いってことわかってないんだから!!」
わたしは、わざと痛そうに立ち上がって、逃げるふりをした。
優位な立場に居ると信じている女の子たちが、嘲笑を浮かべるのがわかった。
「ばっかじゃねーの? 逃がすかって!」
「痛い目見とけ!」
視界の端で、銀色の刃が綺麗に陽光を反射した。思わず、笑った。
どうしてこんなに思い通りに動いてくれるんだろう。
わたしは刃が届く方へ、わざと体を動かした。
鋭い痛みが腹部を貫いた。一瞬気絶しそうになったけれど、幸運なことにわたしは今まで、普通の女の子と同じ生き方をしてこなかった。
わたしは、目を見開いてみせた。
わたしを刺した女の子が、己の手のひらを見た。もちろん、赤く血に染まっていた。
女の子の後ろで、その仲間だったはずの女の子が短く悲鳴を上げた。
馬鹿だなあ。わたしから、武の隣を奪おうとするから悪いんだよ。
わたしがその場に崩れ落ちたのを合図に、目の前の女の子を置いて、後ろの子たちが逃げ出した。
目の前の女の子は、二、三歩後退りして、その場から逃げ去った。
手が血で真っ赤なのを忘れているみたいだ。馬鹿だなあ。
腹部からの出血がひどい。でも、大丈夫だ。死なないように加減はしてある。
武の隣で生きるためなら、命なんてぎりぎりまで投げ出せる。
遠くから何人かが駆けてくる足音が聞こえて、わたしは、刃物で刺された普通の女の子のような演技を始めることにした。
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