XX▼やめられないんだなにもかも
わたしのおかあさん、ひとごろしなの、ないしょだよ。
美月の母親は、美月と同じく、神から愛された美貌の持ち主だった。彼女は絵の天才で、彼女が描く絵は、誰にも真似できず理解すら不可能だった。だからこそ、いつも口にすることが憚られるくらいの高い金額で取引されていた。
神に愛された天才は、代わりに人間から一歩遠ざかることがある。
美月の母親は、まさにその例に当て嵌まった。
彼女は、自身の個展を見に来ていたある男性に、激しい恋情を抱いた。美月の父親だ。
彼には当初、許婚がいたが、美月の母親はそれを知ってもなお、彼への熱情を募らせた。同時に、自分より彼に近い場所にいるその許婚へ、激しく嫉妬した。
それが、彼女の中に隠れていた、人間から離れた一歩をあらわにした。
彼女は、手段を選ばなかった。
彼女の絵画には、熱狂的なファンが存在していて、その中には一般人より暗いところでその命を燃やすような者もあった。
彼女は彼らに、とびきりの絵を無償で譲る。代わりに、その権力を借りて、許婚を社会的に失脚させた。その間に、美月の父親に、許婚に関して甘さに毒を潜ませた言葉で囁き、そして誰より純粋で真心の篭った自身想いをぶつけ続けた。
美月の母親の、彼への愛は、真っ直ぐで本物のものだった。魅力的な人柄と美貌も相俟って、彼は美月の母親へどんどん惹かれていった。それと比例して、汚い部分があらわになる許婚に対する彼の気持ちは、消えてなくなっていく。間違ったことをしているという背徳感までもが、彼の美月の母親への気持ちを掻き立てた。
彼が耐え兼ね、ついに美月の母親をその腕に抱いた同じ日に、美月の母親は自らの手で、彼の許婚を殺した。
彼は後にその事実を知ったが、美月の母親への愛で盲目になった目には、その死は、ニュース番組の中で起きている事件の被害者としか映らなかった。
二人の間に生まれた美月を、彼女の両親はこれ以上無い程愛した。現実ではどう足掻いても一つにはなれない彼と彼女との血が混ざり合って流れる美月こそが、二人の愛の存在証明だった。
父は盲目的に彼女を愛し、母の愛は本質からして狂気的だった。
身にあまるほどたっぷりの愛情を受けて育った美月が、初めてその心を揺り動かされた存在が向かいの家に住む、山本武という男の子だった。
人は、人を愛すとき、自分が両親に愛されたように愛すという。
山本へ愛情を覚えた美月は、父が母や自分を愛するように、そしてそれ以上に、父よりも常に自分と一緒にいる母が父や自分を愛するように、山本を愛した。
本人には純粋すぎる愛情をさらけ出し、近づく者は排除する。それ以外の人間は、どうでもいい。
両親の異常な愛し方をそのまま素直に受け入れてしまえる美月は、彼女自身も、神に愛され人間から一歩離れたところにいたのだ。
「わたしね」
美月のぬばたまの色をした瞳が、怪しく紫に光る。
「たけしのためなら、なんでもできるよ」
彼女の後ろで、男の首から上が吹き飛んだ。
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