08▼せかいがぼくをよぶきみはあいをさけぶ

教室に近づくにつれて、心臓の音が大きくなっていく。
周りの女子のざわめきなど、この鼓動にとうの昔に掻き消された。
わたしは教室にいたるまで隣の京子と何か話をしていたけれど、受け答えはほとんど無意識だった。もっと遡れば、おにぎりを作る前に数人の女生徒に何やら言い募られた時点で、既に意識は曖昧だった。
先頭の子が、がらりと教室のドアを開けたのが聞こえてきた。
先頭集団の女子達が、一斉に男子に向けて何か叫んだ。男子の一部が、それに大声で何か言っている。
それら全てが、今のわたしの頭には入ってこない。
教室の入り口の枠をくぐって、わたしはそっと顔を上げた。
武は、こちらを見ていてくれた。わたしと目が合った彼は、明るく破顔する。
体中の血が、一斉に沸騰を始めたようだった。自分の顔が真っ赤になったのがわかる。
好きが募って、胸が苦しい。
淋しさが募って、胸が苦しい。
「美月、一個くんね?」
大好きな声でわたしを呼ぶから、もう堪らなくなった。
早足で武に歩み寄る。手を取ると、野球でできた肉刺が固かった。
不思議そうにわたしを見ている武以外、もうこの目には何も映らない。
そのまま武を引っ張って、わたしは教室を出てきた。授業中の廊下には、先生の声と黒板を叩くチョークの音だけが静かに響くだけだった。
「どーした、美月?」
武に聞かれたのに、何も言えなかった。何か言ったら、大声で泣き出してしまいそうだった。
目頭が熱い。固くて大きな手のひらをきつく握る。
と、力の入っていなかったその手が、わたしの手を包み込んだ。
武は、階段の方へ向かって歩みだした。静寂が満ちる廊下に、上靴の音が二つだけ響く。
階段の三段目くらいに腰掛けて、武はわたしを見上げた。
握られたままの手が、ちょっとだけ引かれる。
武の隣に座ると、その温かな手は離れていって、わたしの頭にぽん、と一度手が置かれた。
「いただくぜ」
その手が、わたしが膝の上に置いていたおにぎりを一つ手に取る。
「美月と飯食べるの、久々だな」
横の武を見上げる。
太陽みたいな笑顔を浮かべた彼に、全身が熱くなる。視界が、ぶれる。
「相変わらず料理上手な」
目頭が熱い。
唇が勝手に開いた。
「……たけし」
「ん?」
「……さみしい」
武の前で言うのは、初めてだった。
ぼやける視界で、隣に座るたけしを見つめる。彼がどんな顔をしているかは、溜まった涙が隠してくれる。
「はなれて、いかないでね」
我慢するつもりだったのに、片方の目から生暖かい雫が頬を伝っていくのを感じた。視界が、少し明瞭になる。
わたしは一瞬、息を失った。
武は、奇妙な表情をしていた。少し眉根を寄せ、口角が僅かに下がったその顔は、どこか辛そうに見えた。
「……武?」
目頭の熱が、急激に引いていく。
「今、何考えてた?」
武はすっと、おにぎりを持っていない方の手を上げた。
頭の上に大きな手が乗せられて、少しだけ力をこめられる。視界から武の顔が外れる。
「美月のこと、だな」
声色は、普段と代わらない。しかしその声から、わたしは武の笑顔を思い浮かべることができなかった。


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