rewind-01

「うわー……、……なんだこれぇ」
ずり落ちかけた紙袋からは、フランスパンが2斤頭をのぞかせている。
少年を包んでいた焼き立ての小麦の匂いは、すっかりどこかへ消えてしまった。深いため息と共に目を閉じて、少し待ってから彼は目蓋を持ち上げる。アンティークグリーンの瞳に映る光景は変わらない。
アクマの襲撃ではないはずだ。門番はいつも通りだった。
(けど、そしたらこの……何?)
「……もしー? 皆さーん、無事ですかー?」
少年はひとまず、石造りの階段へ足を掛けた。

マテールにて回収したイノセンスをヘブラスカへ託したアレンは、エレベーターから知らない顔を見つけた。
黒髪の少年だ。隊服を着ている。話をしているリナリーが笑っていることからも、教団の仲間なのだということは明白だった。腕に大きめの紙袋を抱えている。
そのままぼんやりと様子を見ていると、ふと少年の目がこちらを向いた。雨の日のロンドンみたいな緑の瞳だ。アレンが頭を下げるより先に、少年がこちらへ小さく会釈した。
「ああ、イオくん帰ったんだね」
隣で呟くコムイの声にも親しみが滲んでいた。
「今リナリーと話している彼のことですか?」
「そうそう。イオくん。君と同じ寄生型だよ」
「寄生型」
アレンは目を瞬いた。
突貫で修理したエレベーターはガコッと不穏な音を立てて止まった。また落ちやしないかとひやひやしながら、アレンは無事ということになっている瓦礫だらけのフロアへ降り立った。
「ふう、これで一段落だねー。おつかれアレンくん!」
「なんか僕ものすごく複雑な心境なんですが……」
「はっはっはーもっと前向きに生きたまえよ!」
ため息を抑え切れないアレンの鼻を、よい香りが擽った。パンの匂い、と顔を上げたアレンの視線が、緑の目とぶつかる。
やはりそのグリーンはイギリスの街だった。霧深く、雨に閉ざされた美しいグリーンだ。
その緑がふっと緩められる。
「はじめまして。帰って早々大変だったって聞いたよー」
流暢なイギリス英語だった。耳心地のよい発音に穏やかで低い声がぴったり寄り添っている。
差し出されたのは左手だった。アレンは慌ててその手を取る。
「はじめまして! あ、僕はアレン・ウォーカーといいます」
「イオです、よろしく」
にこにこ笑いながら、少年はぶんぶんと握手の手を上下に振った。子どもっぽい仕草だが、背格好や纏う雰囲気は自分より少し年上っぽいなあとアレンは少年を見る。泣き黒子のためだろうか。アレンには少し神秘的に見える、中華風の綺麗な顔立ちに、すらりとした立ち姿のせいもあるかもしれない。
「おっとと」
握手の後、音を立てて傾いた紙袋をイオは両手で抱え直した。
その隣に並んだリナリーが、紙袋を覗き込んだ。
「イオくん、クロワッサンもたくさん買ったんだね。美味しそう」
「あ、うん。みんな食べるかなと思って」
「あれ、イオくんのじゃないの?」
「おれクロワッサンはいくら食べてもお腹膨らまないからさ」
アレンは瞬きした。なるほど、彼は寄生型に違いない。
イオは抱えている紙袋からクロワッサンを取り出して、リナリーに手渡した。「僕にはコーヒーがあるから〜」と笑うコムイにもちゃんと食べてくださいときっちり押し付けて、緑の目がアレンを映す。
「アレンも。どうぞ」
ありがとう、と受け取ったアレンへ、神秘的な面立ちの彼は首を傾げてふっと笑った。
「お近づきのしるしってやつ」

行ってきたばかりだという任務の話をしながら、イオの背中はコムイと共に遠ざかっていく。アレンは半壊から復帰したばかりの自室へ向かうことにした。途中まではリナリーと一緒だ。
「イオはリナリーと同じ中国の出ですか?」
「そう思うよね?」
リナリーの言葉は返答としては曖昧だった。彼女はアレンをちらりと見上げて、再び前を向く。
「わからないんだって」
アレンは口を噤んだ。わからないの一言から奴隷市場まで一気に想像が膨れてしまい、慌ててかぶりを振る。
「でも、育ちはイギリスみたい」
続いたリナリーの言葉に妙に納得する。瞳の色にイギリスを思ったのは、もしかしてそのためかもしれないなと思った。
「イオくん、とっても綺麗でしょ?」
リナリーの問いかけはやや唐突だった。アレンは面食らったものの、頷いた。
「はい、確かに」
神秘的な容貌だった。綺麗、優美、そういった言葉もすんなり当てはまった。
「イオくんね、神様の遣いみたいなんだよ」
リナリーが続けて紡いだのは、さらに突拍子のない内容だった。頭上にクエスチョンマークを浮かべたアレンに、リナリーはいたずらっぽく笑う。わざとわからないように言っていたみたいだ。
「イノセンスを使うとね。見たら絶対、アレンくんもそう思うよ」
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