原作10巻(86話-2)
酒場の壁に大穴が空いて、夜空が見える。眩しいほどの月の光と街の灯りを背に、その姿はあまりに頼もしい。全身から問答無用で力が抜けていく。無力な子供であった事実を抱擁される。
知らぬ間にヒトの姿に戻っていた鹿乃へ、爆豪へ、力強く揺るぎない双眸が笑った。
「怖かったろうに……よく耐えた!」
圧倒的な温もりに包まれて知らず促されたように目の前が歪む。
ごめんね、僕のせいだ。
「ごめんな……もう大丈夫だ少年少女!」
「こっ……」
ふっと足元が見えなくなる。一瞬目の前が揺らぐ。
「怖くねえよヨユーだクソッ!!」
爆豪が何事か吼える。死柄木が忌々しげに何か呟く。
聞こえない。
鹿乃の頭に声が響く。
鹿乃、きみが自分を責めていると聞いたよ。
鹿乃の声、聞きたかったな。
久しぶりだね、鹿乃。
ガシ、と大きな手が鹿乃の肩を包んだ。
びくりと大きく揺れた鹿乃の肩を、その人は変わらず温かく包んでいる。
オールマイトの力強い手だ。きっと、だからこそ、思い出す。
もう一方の逞しい手で同じように肩を包まれている爆豪を見る。赤い瞳は興奮と、少しの安堵を隠そうと丸まっている。
全然違う表情だった。それでも何故か、鹿乃の視界はぐにゃりと揺れて、懐かしい場所へ戻っていった。
目元に一筋入ったしわは、笑むと優しく深まった。
ボールをうまく投げられない鹿乃の手を、大きな手が柔らかく支える。
できた!
ぱっと振り返った鹿乃をとてもあたたかく、赤い瞳が見守っている。
ボールを受け取ってぱたぱた去っていく男の子たちを嬉しそうに見送る鹿乃の頭に、やさしくその大きな手が乗せられる。
「鹿乃は良い子だ」
鹿乃はもう一度、隣に並んだその人の顔を見上げる。
真っ赤な瞳が笑う。
「鹿乃のような子こそ、本物のヒーローになれるよ」
父の深い紫とも、母の優しい幹の色とも違う。血のように赤く炎のように赤い瞳は、とてもあたたかく鹿乃だけを見つめていた。
「おまえが!!」
「しきさん」
ぞっとするほど静かな声だった。爆豪はぱっと隣を見る。
鹿乃が爆豪を見ていた。爆豪の目を見ていた。その向こうの何かを見ていた。
ふっと、その深い森の色の瞳から力が抜けた。膝から崩れ落ちた鹿乃へ、オールマイトが手を伸ばす。
「嫌いだ!!」
