原作12巻(107話-1)
「つーか後ろ!! 丸くこねられたのはおまえらだけじゃねえぞ!」「知ってんよ」
凶悪な笑みで舌なめずりして、爆豪がそう答えたすぐ後のことだ。
鹿乃ちゃんが変な肉みたいのから戻ったのは切島たちよりちょっと後で、よろっと立ち上がったばっかりだった。
「上鳴くん、二人ともありが」
お礼を言ってくれてた途中だった。鹿乃ちゃんの方に飛び込んでく影があって、でも鹿乃ちゃんはさすがで、そいつからしっかり距離取った。
「鹿乃ちゃん!」
なんか聞いたことある声だなーと思った。土埃が晴れてうわっと思う。
「やっぱりここで合ってた! 同じ肉塊になれるなんて運命だよね!」
出たあ。公開告白野郎。頬染めちゃってるし。
何でここに居んの? ストーカーなの? 正直やなんだよねホント。バス降りた後もヒーローコス着替えてから始まるまでもそうだったけど、コイツいるとろくなことないんだよね絶対。なんかピリピリすんだもん空気。今もだ。
「何でここにいるの?」
「クソストーカー野郎」
おっそろしく声の低い爆豪とかぶって、鹿乃ちゃんの言葉が辛辣に聞こえる。そーだ言ってやれ鹿乃ちゃん! 鹿乃ちゃんにそういうつもりは無いんだろうけども!
告白マンは猫みたいにニッと笑った。
「僕の個性、<パパラッチ>。この人って決めたら10分おきくらいに隠し撮りの写真が目の前に浮かんでくるんだよ」
たった1日だけなのがほんとに残念なんだけど。目元を赤く染めて笑ってやがる。
ゾッとした。ガチストーカーじゃねえか!
鹿乃ちゃんの顔がちょっと青褪めてる。
「そういうの」
たぶん、切島も鹿乃ちゃんの表情見たんだと思う。声がいつもと違う。
「よくねェぞ」
「なんで?」
告白マンはボールを構えた。鹿乃ちゃんがバッと警戒の体勢を取る。
「好きな子の色んな表情色んな仕草って、見たくなるものでしょ? 好きなんだから、仕方ないじゃん!」
告白マンが思い切り投げたボールは途中、ギュウと曲がった。鹿乃ちゃんがびっくりして振り返る。俺もやっと気づいた。
後ろから鹿乃ちゃん狙ってた人の手の甲しかもターゲットにボールぶち当てて、告白マンは嬉しそうに笑った。
「びっくりした顔もすごく可愛い、好きだよ鹿乃ちゃん」
空気がどんどんピリピリしてく。
「……私は」
鹿乃ちゃんはじり、とボールをそいつに向けて構えた。戦闘体勢だ。
「私は……今、試験をやりたい。本気でやりたい」
澄んだ声だった。
なんか。
なんか今、鹿乃ちゃんすげーこと言わなかったか?
ふっと浮かんでくるのは、ヒーローになりたいと絞り出すように絶叫する姿だ。みんなそうだと思うけど、もう一生忘れられない表情と声だった。
その鹿乃ちゃんの表情が、緑谷の声でちょっと動いた。
それで今、鹿乃ちゃんはこの瞬間、本気で道を探そうとしている。これってすげーことなんじゃないんかな。
と、鹿乃ちゃんのことばっか見てたらやられちまう。爆豪はもうすっかり暴れまわってるし、切島もこっち気にしつつ応戦してる。
そう。ここにいる奴らは、それぞれ全員自分の本気を抱えてる。
迫ってきたボールを避けて、体勢を整える。丁度良い位置まで来てくれたな。人差し指を銃みたいに構えた。照準を合わせる。
「なんで? 俺も本気だよ」
その声色に初めて、その人を怖いと思った。
金色の目の男の子は笑った。目は真っ直ぐにこちらを見ている。
「ねえ鹿乃ちゃん。その考え方は間違ってるよ」
男の子が地を蹴った。ぐっと迫ってくる。もし個性が本当にさっき言った通りだとしたら、純粋な身体能力ということだ。実力は確かだ。油断できない。
猫のようにしなやかな動きで距離を縮められる。ボールを投げてこない。ターゲットを直に殴る方で攻めてくる。
その目がずっと、私の目を見ているのが怖い。
「本気で恋することが、どうして試験より下だ、卑しいって言える?」
肩のターゲットにボールがぐわっと迫る。角を盾にしてそれ以上近づかれるのを防ぐ。すぐに頭を上げて警戒する。また目が合う。その強い光に、縛られたように一瞬動けなくなった。
「ねえ鹿乃ちゃん」
向けられた眼差しの熱みたいなものにはじめて気がつく。
「“本気”に尊いも賤しいも無いんだよ」
