原作12巻(108話)

「おつかれ」
鹿乃達を出迎えたのは轟だった。
「轟くん、早かったね」
「いや、俺のときにはもう50人くらい通ってた」
「そうなの?」
「お前らの方が早いと思ってた。爆豪と行ったなら守りには入らねえだろ」
「あーそれは合ってた。な、鹿乃ちゃん。もう色々と大変だったのよこれが!」
「うん……」
鹿乃は轟の後ろに障子を見つけた。すすっと待機所のエントランスから見えないように障子の側に寄った鹿乃を、轟と障子が驚いた様子で見る。上鳴は訳知り顔だ。
「……どうした?」
「鹿乃ちゃんにも色々あったんよ」
「あんまり……会いたくない人が」
鹿乃の目がふらっと横に泳いだ。珍しい様子だった。鹿乃が特定の人物に苦手意識をはっきり示すところを、彼らはこれまでに見たことがない。
なんだ? と考えて、轟は思い至る。綺麗な目、と甘ったるく鹿乃を見つめていたあの少年だ。
じっと見ていると、視線を感じてか翠の瞳が真っ直ぐ轟を見上げた。
透きとおった綺麗な瞳だった。
(……ちゃんと見てねえ)
あの森で正面から見た、寂しくて一瞬でも目を離したら消えてしまいそうな瞳じゃない。
確かに宿った綺麗な光が、瞬きのたび弾けては集まる。
「鹿乃の目が綺麗なのは」
「ん?」
「みんな知ってる。アイツだけじゃねえ」
お、と障子と上鳴は顔を見合わせた。うんうん、といつの間にか近くまで寄ってきた峰田が仰々しく頷く。
「そうそう。だからいいか? あんなポッと出男に勾引(かどわ)かされるんじゃあないぞ、鹿乃。君は我らが鹿乃ちゃんだ、そう、他のA組女子同様に!」
「お前は一体どこのポジションなんだよ」
「勾引かされるって……それは無い。……今も見られてるのかな」
鹿乃は今度は顔ごと左斜め下を向いた。
「あの人、怖い」
「……どういうことだ?」
「それがさァー……」
「鹿乃ちゃん、聞いたわ」
上鳴が話し始めるよりも先に、蛙吹が鹿乃の元へやってきた。その奥で切島が納得いかないとはっきり書かれた顔で骨付きチキンを齧っている。
「あの猫くんの個性。見られているの、嫌な気持ちよね。場所を特定されないようにということなら私に案があるの」
「梅雨ちゃん」
鹿乃の眉尻が下がる。鹿乃が素直にネガティブな表情を見せるようになったのは最近だ。それまではずっと、どんなときにも微笑っていた。
蛙吹は人差し指を唇の下に当てて、首を傾げた。
「安心して。絶対に見つからない場所よ」
蛙吹は障子の方を向いた。
「障子ちゃんに協力してもらわないといけないけれど」
「俺でよければ協力しよう」
「梅雨ちゃん、障子くんありがとう」
「よくわかんないけど鹿乃ちゃんこれで安心できるなら良かったな!」
「ああ」
「え、何だよその見られてるのかなって?! オオオイ気になる、気になるだろぉ?! 男のロマン的な個性なのかソレェ!!!」
「うるさいわ峰田ちゃん」

扉からその少年が入ってきた瞬間、肌が切れるようなピリッとした空気になった。彼は一瞬でその雰囲気を霧散させる。纏う気すらカリスマのように思うままだが、彼はそれを自覚していない。無自覚にごく自然に玉座からどかっと足を投げ出せる存在なのだ。
「ア?」
ふらっと辺りに視線を彷徨わせた後、爆豪はやや喧嘩腰で切島を振り返った。
「オイアイツどこ行った」
「アイツ……って鹿乃ちゃんか?」
雰囲気をぴりと張り詰めたのは爆豪だけでは無かったが、試験もいよいよ第2次選考が迫ってきている。切り替えるのは早かった。
「鹿どこ行った」
まるで猟師のような言い草だ。
確かにどこ行ったんだ、と切島が辺りを見回したとき、彼らの背後から声がした。
「ここにいます」
振り返る。障子が立っている。その背が大きく複製されて貝殻のようになった腕で覆われている。
「……鹿乃ちゃん、もしかしてそこか?」
「そう」
「ここなら奴の個性でも見えまい」
「ハッ」
爆豪はその目元の黒いヒーローコスチュームの顔に、恐ろしく悪どい笑みをたたえた。
「徹底的に嫌がれ。そんで奴を完膚無きまでに捻じ伏せろ」
「うーんなんかこう違うんだよな! 掛ける言葉がよ!」