原作9巻(73-74話)
今はね。今は種を蒔いて、じっくりそのときを待とう。きっと美しく淡い花が咲くよ、君のためにね。弔。
「あれ、鹿乃は?」
爆豪の隣でジャガイモの皮剥いてたのは見てたし、ご飯だって一緒の机で食べた。
左腕はまだお湯につけたらだめみたいで、鹿乃は嫌がったけど無理矢理大浴場に連れてった。昨日と今日、着替えのときとか、傷を見る度に浮かぶ表情を見たら、ずっと傷が見えるお風呂のとき一人にするなんてできない。
鹿乃は甘えるのが下手だ。一緒に過ごしててわかる。甘え方がわかんないみたいだし、甘えるのはダメなことだって思ってるみたいにみえる。今までは単に性格かなって思ってたけど、きっと<自分を守ること>を自分自身が許容するのが許せないんだ。相澤先生の話を聞いて思った。
お風呂のときは誰かがずっと鹿乃の左手を持ち上げてた。「鹿乃のお肌すべすべだー!」芦戸はナチュラルに人との壁をぶち破ってくから凄いなって思う。あとその声で男子風呂がざわついたのが個性柄よく伝わってきてほんとやめてほしいと思った。
そう。お風呂までは一緒だった。肝試しの前に怖くてもうやだってなってたの、ちょっと戸惑いがちにだけど背中ぽんぽんってしてくれたのも覚えてる。その後からいない。
意外にも、生徒じゃなくて近くにいたマンダレイが答えてくれた。
「鹿の子はお休みよ」
「え! そうなの?!」
透がびっくりの様子で手袋をぱっと開いた。
「一緒にきゃーきゃー言いたかったのにー!」
「暗い森に、二人っていう少人数でしょ? 何かあっても困るから」
マンダレイが、言外に語った。そっか、と俯く。
鹿乃は雄英に入ってくる前からずっと抱えてたんだ。
でもな、とも思う。
背中に優しく触れる手のひらを思い出す。今までで一番怖いと思ったあの時間に、肌でびりびり感じたことも思い出す。
でも、それでも、ウチの背中を撫でた手のひらはとっても優しかったんだ。
暗い宿舎の廊下に一人立つ。さっきまでわいわい騒がしかったのが嘘みたいに静かだ。冷たい壁にもたれる。
左腕を見る。まっさらな包帯はお茶子ちゃんが巻いてくれた。職場体験先で包帯巻きマスターになったって笑ってた。怪我、いっぱいしたのかな。みんな真っ直ぐだ。
どこまでも真っ直ぐだ。
廊下の先を見る。トンネルみたいにずっと暗い。本当に奥の方にぽつりと光が灯っている。補習用の部屋だ。ブラド先生と物間くんがいる。折角だから出ても良いと相澤先生に言われた。
おかしいな、と思う。
あんなことがあって、こんなに普通にここにいることが、あまりに奇妙だった。私がここに居られるのは、みんなが<みんな>だからだ。私は今、みんなに救われている。救われてしまっている。
「一緒に探したいんだ」
ふっとデクくんの声が耳のすぐ近くに蘇った。瞬間、ぱちっと廊下の電気が灯った。目が眩む。
「ってえええ?! 鹿乃ちゃんいたの?!」
「怖いわ。電気くらい付けろ」
補習組を引きずる相澤先生に頭をぺしっと叩かれる。三奈ちゃんが駆け寄ってくる。
「今日は鹿乃も補習なんだ?! やったー!! 女の子要素!!」
「鹿乃ちゃんも肝試しやりたかったよなー」
切島くんが眉尻をちょっと下げて笑う。貴重な女子枠から二人もこっち来てるの知ったら峰田が血の涙流しそうだな、と言ったのは瀬呂くんだ。
「やったー! 俺机に一人だったからさァーもうしんどくて! 鹿乃ちゃん、俺寝てたら起こして」
「上鳴だけ倍にするぞ」
「やめて先生!」
みんなはそのまま歩き出す。私も一緒に来ることを確信していて、後ろの瀬呂くんが歩き出すから自然と足が出る。また救われている。
教室に入って、ふと思い出した。そういえば、今日は演習やろうかと思ってるって言っていた。
左腕を見る。
「鹿乃ちゃん、座らんの?」
私はここにいることを、許されてもいいの?
甘えだ。みんなからの救いの手を享受している。そんなのは甘えだ。自分の幸せをどこかで願ってるんだ。目指すものに程遠い。
目指すもの? 目指すものって、なんだろう。私はもう目指せない。目指してはいけない。目指したい。でも、そうしたらまた。「一緒に探したいんだ」デクくんの声。
私はここにいる。やるからには、ちゃんと。
頭の中が歪む。もうずっとそうだ。わからなくなってしまった。
「先生」
相澤先生が振り向いた。じっと見上げる。左手は握れなかった。
「私、痛み止め借りてきます」
「……わかった。すぐ始めるから早くな」
廊下に出る。明るい。簡易の救護部屋に小走りで向かう。外で生徒に何かあったときすぐに運び込めるように、出口の近くにある。
『皆!!!』
その途中だった。
『敵二名襲来!! 他にも複数いる可能性アリ!』
