X(後編)

最後に手塚くんに向けて放たれたボールは、リアルテニス用のボールだということがわかった。越前くんと桃城くんが謎の集団に襲われている可能性が出てきて、皆で二人の向かったコートを目指す。白石くんは私に付いていると言ってくれたけれど、なるべく大人数で固まっていた方が良いに決まっている。ここで動けないと、絶対に後悔する。気力だけで私は皆に付いていった。
越前くんと桃城くんを襲った輩たちは、既に逃げた後だった。桃城くんが気絶させられているのを見て、青学の面々が憤りを顕わにする。
桃城くんや、他に怪我をした選手たちは、近くの病院に運び込まれた。私たちは先生に、ひとまず今夜は合宿所で眠ること、外出は決してしないことを命じられた。
足の震えは、おさまった。それでも足元が覚束ない。白石くんはあれからずっと、付き添ってくれている。
力強く引っ張ってくれていた硬い手のひらも、肩幅の広い大きな背中も、全てがずっと鮮やかで、ずっと守ってくれていた。
ロビーに着いた。険しい顔や沈痛な面持ちをした皆が、一人また一人と部屋に戻っていく。
「白石くん」
「ん?」
「あの人たち、なんだったんだろう……」
「……謎だらけやな」
そう言って、白石くんは私にちらっと微笑んだ。
「……あの道で三藤さん見つけられて、ほんまによかった」
殆ど呟くくらいの静かな声だったのに、私には、不思議なくらい大きく聞こえた。
「あのとき、白石くんの声が聞こえた瞬間に、もう大丈夫だって思った」
泣かないようについ力が入る口元を吊り上げてみせる。不恰好でもよかった。私だったら、泣きそうで難しい顔よりも笑った顔の方が嬉しい。
「ほんとにありがとう。白石くん、まるでヒーローみたいだった!」
びっくりしたように目を丸くして、白石くんは長い睫毛を瞬かせた。
ロビーにはもう他に人影がなかった。他の学校の選手たちにも、情報は回っているのだろう。遠い昔、ここを出てタオルを取りに行くときには見かけた、金髪だったり碧眼だったりのプレイヤーたちもいない。
ロビーから続く階段を見た。階段の続く先は少し暗い。凄く我が儘な思いが過ぎったので、頭の中から追い払う。謎の集団に追われたのは私だけではないのだ。試合だってある。
ゆっくり息を吐く。階段をもう一度見つめる。
「白石くんは二階だよね。途中まで一緒に行こう?」
振り返った白石くんの表情は、あどけない驚いた顔から、どういうわけかみるみる曇っていった。
そして彼はぴしゃりと言った。
「あかん」
固い声だった。今度は私がびっくりする番だった。
「“途中まで”? 何言うてんの? 絶対ダメや」
詰め寄ってくる白石くんの眉に、ぎゅっと力がこもる。
「三藤さん心配や。当たり前やんか。例え三藤さんが全然平気でも関係ない。竜崎先生が戻ってくるまで絶対傍離れへんで、俺」
突然手が持ち上がった。包帯のざらっとした感触がした。白石くんの手が掴んだのだ。濡羽色の瞳を見る。
「待っても待っても竜崎先生が帰って来んかったら、そのときは俺の部屋連れてく。問答無用や」
「あ、あの」
「一人の部屋に帰すわけないやん。ボールでフェンスへこんだの、見てたやろ? 窓割るなんてきっと朝飯前や」
わかる? そう真剣な目に問いかけられて、頷いた。
白石くんの言っていることは全部本当にその通りだったし、何より、本音を言うと私も一緒に居てほしかったのだ。
白石くんは私の目をじっと見ていたが、やがて安心したように一つ息を吐いた。
「とりあえず、そこのソファーに座ろか。あと一時間して先生がいらっしゃらなかったら、引き上げや。男二人の部屋は居りにくいかもしれんけど……」
「……ありがとう。部屋はね、山吹でも合宿だと時々あるから、気にしないで」
「……うーん」
白石くんは、どうしてか複雑そうな顔をした。
 表紙へ