X+7

もともとここで暮らしていた跡部くんは城どころか城のある小島のことも熟知していて、私たちの船は無事に桟橋の脇へ身を横たえた。
切原くんが真っ先に勢いよく降りた。船が大きく揺れる。
「うわわ」
「ちょっと、気をつけなさいよ」
ふらついたのを木手くんが支えてくれた。二の腕の辺りから、指はすぐに離れる。
「ありがとう!」
「私にぶつからなかったら放っておきましたよ」嘘ばっかりだ。じっと見ると、ふいと視線を逸らされた。
不二くんと真田くんが身軽に船から出た。白石くんがそれに続いて桟橋へ降り立つ。ジャージの背中の四天宝寺の文字が、夕日の中で力強い。筆で書かれたような字体の日本語は、今いる場所が場所だからか、着ている人がその人だからか、見ていてとても安心した。と、文字が傾いて見えなくなった。白石くんが振り返ったのだ。
「思ったより揺れるわ」
包帯の巻かれた手が、当たり前のように目の前に差し出された。
「気ぃつけや」
やっぱり、その手は特別頼もしく見える。
「ありがとう!」
立ち上がって手を伸ばした丁度そのときだ。後ろから、水上バイクの近づく音がした。周囲の偵察に行っていた跡部くんたちが戻ってきたのだ。
それで波が起こったのか、船がぐわんと上下に揺れる。移動しようとしていた私は、簡単に自分の足元を見失った。
咄嗟に伸ばしていた腕を、その手はしっかり掴んでくれた。ぐっと引き寄せられる。片足が桟橋に着いた。
ほっとした瞬間に、また船が揺れた。岸で跳ね返ったのが戻ってきたのだ。びっくりするくらい綺麗に片足が行き場を失った。
*に感じたのは、ジャージの布地とその向こうの体温だった。優しいけれど少し薬っぽい匂いがする。
白石くんの家の匂い。
そう思った瞬間だった。
その匂いが、さらに近づいた。目の前が何も見えなくなる。*のすぐ隣に体温がある。背中で握られている手のひらが、はっきりわかる。
「……へ」
それ以外のことは、なんにもわからなくなった。
白石くんの腕はすぐに離れていった。呆然と見上げた綺麗な瞳はもうそこになかった。四天宝寺の文字が離れていくのを、私はただ見ている。
「石像にでもなったのですか? 退きなさいよ」
木手くんに言われるまで、私は本当に石像だった。

「見ちゃった」
ボクは笑ったけれど、たぶん彼には見えていない。包帯で覆われた左手は、彼の顔を覆っていた。覆いきれなくて、真っ赤なのが簡単にわかる。
「……何も見てへんやろ?」
「残念。しっかり見たよ。ボクだけね」
白石は何も言わなかった。喉の辺りで詰まったみたいだ。
面白いなあ。とても目立つ目鼻立ちなのに、こういうことはとことん弱いんだ。
「彼女はとても魅力的だと、ボクも思うよ」
「……思ってもらっては、困るんやけど」
信じられないことに、あの白石が蚊の鳴くような声だ。びっくりして、笑えてきた。
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