「この口説き文句は俺、なってないと思うんだよね!」
「へ?」
首をかしげる彼女の手の中で、爽やかな風貌の男が笑っている。
"ほら、お前にも一個やるから……口、開けて?"
吹き出しに並ぶ文字をびしっと指差すチームメイトを、南はまた何か始まった、と語る眼差しで見ていた。
合宿所は、その敷地の中で一つの世界として完成していた。囲んでいる塀を越えずとも、選手たちはその中で十分な生活を送れた。
宿舎内の売店には、スポーツドリンクやサンドイッチの他に、チョコレートやスナック菓子も豊富に用意されていた。スポーツ選手として食べすぎはよくないが、心の栄養は必要だ。山吹の面々は思い思いに菓子を購入して、隣接したラウンジでその袋を開いていた。小さいテーブルに、色とりどりの包装や菓子が並んでいる。
和香の選んだ彼女の大好きな菓子は期間限定の装いをしていた。今人気の少女漫画とのコラボレーションだと、箱は声高に叫んでいる。
和香もその作品は知っているようだった。箱を開いて、中の袋の上で笑顔を惜しみなく見せる男を見て、「おー、○○くんだ」と呟いた。それを聞いて、袋を見たのが千石だった。
「へーなになに、その人」
「漫画のキャラだよ。△△って作品、知らない?」
「あー、姉さんが言ってたかも。そういえば」
「コラボだって。他にもバリエーションあるのかなー」
千石は和香の隣で、男の意志の強そうな瞳が柔らかく微笑んでいるのを見、その甘い台詞を読んだ。
そして彼は、断罪するように指をさしたのだった。
「この口説き文句は俺、なってないと思うんだよね!」
「へ?」
和香は首を傾げた。
千石はうんうん、と自身の言葉に頷いている。まるでテレビに出てくる専門家のような真面目くさった顔だ。
「これじゃあときめかないだろ?」
「うーん……」
和香は首をひねる。
「たしかに、なんか上から目線ですよね」
口を開いたのは室町だった。「そう! そこだよ!」千石がありもしない眼鏡を持ち上げた。
だんだん千石の空気に周りが乗せられてきたぞ。南は思った。
「けど、女性はこういうちょっと強引な方がきゅんとくるんじゃないか?」
東方が言った。ダブルスパートナーだからか、その言葉はあくまで傍観を続けるつもりの南の心の内を代弁していた。
これを、千石はばっさり斬り捨てる。
「わかってないなあー東方クンは」
「何?! けど実際このキャラは人気なんだろ? そう書いてあるぞ」
「いやいや、あくまで漫画のキャラだからでしょ! 実際にこういうこと言われたらどう? 和香」
「うーん……言う人にもよる!」
「ええ?! え、例えば誰?!」
そこへ通りかかったのが青学だった。マネージャー係の姿も見える。
「何なに、集まって一体なんの話っすかー?」
和香の話を聞いて、マネージャー係の一人、小坂田朋香に火がついた。
「というわけで」
朋ちゃんの声が、マイクを通して部屋中に広がった。これだけ大声を出しても平気なのは、合宿所が貸切だからだ。財力って、凄い。
「最強のモテ男は誰だ?! 口説き文句大決戦!!」
「うおおー!! 真のモテ男はこの俺だー!!」
「笑かしたモン勝ちや!」
「いや違うやろ」
「いかなる勝負であろうが、王者に負けは許されん!」
朋ちゃんはその謎の勢いと巧みな言葉で、すっかり部員の皆をその気にさせていた。さらに言うなら、私もいつのまにか、食堂の机を退けて作られたスペースの中央に座っている。肩から下がったたすきには、気がついたら"ジャッジ"と書いてあった。今年の一年生は大物ぞろいで恐ろしい。
「今回のジャッジはこの三人! まずは一人目、白セーラーの天使、山吹中三年の三藤和香先輩ー!」
朋ちゃんに期待の目を向けられたので、とりあえず参加者の皆に手を振ってみる。
「よっ! 我らが女神!」
「のんちゃん先輩セーラー超可愛いっすー!!」
「一日目から可愛いって思ってました!」
「三藤ー! 自分が唯一の希望やー!!」
歓声は大きかった。少しほっとした。朋ちゃんがマイクを握りしめる。
「続いてー! 乙女心は小春日和、四天宝寺中三年の金色小春先輩ー!」
「アタシを捕まえてみて!」
パチーンと音が出そうなウインクのお手本をした小春ちゃんは、その体を青学女子テニス部のジャージに包んで私の隣に座っていた。一氏くんが真っ先に叫んだ。
「小春ー!! 世界一可愛いでー!!」
「ってそんなワケあるかよっ! クソクソ、なんでアイツジャッジなんだ?!」
「というかお前男だろうが!」
「しかもなんで青学女テニジャージ?!」
「さて三人目は!!」
朋ちゃんは止まらない。もうこうなったら、腹を括って楽しむしかないのだ。
「満を持してこの人の登場! 泣かせた男は数知れず! 青学顧問の竜崎スミレ先生です!」
「モテる女はツラいねえ……ほーれ、遊んでやるからかかっておいでアンタたち!」
「何でだよ!!!」
会場の声が一つになった瞬間だった。